母は、物心ついた時から、寒い季節は黒の革のコートを着ていた。
たぶん、15年は着ていた。
裏地が切れ、ボタンも何度も付け直し、子供心にもヨレヨレなコートだった。
小さい頃、うちにおいとくのも心配なんだろう、母の出掛けるのについていって、
母は決して振り返らない。どんどん先を行くその姿を、必死に追いかけていく、その記憶もこのコートだ。
3~4歳の子供の足なんて虫みたいなものだ。
まっすぐな道でも到底追い付けないのに、
角なんか曲がられたらもう母はいない。
そんな時だけ、母は彼方で私の姿を認めるまで歩を止めていた。
手なんか繋がない。
母の象徴が、このコートだ。
いい加減ボロくなったのだろう、母がこのコートを着なくなった時、もう私はファンタジーの世界を生きていた。
学校にも行かず、家出を繰り返し、もう神経も病んでいた。
黒い革のコート。
私の負の記憶。
私も5年前に、革のコートを買った。
未だに着ていないのは、今日気づいたトラウマか。