仕事中に親族に不幸があった時、

仕事を打ち切って親族のもとへ駆けつける。


そんな行動を取っても、ほとんどの人がその人のことを責めはしないはずです。


でも、私には苦い過去があります。



3年ほど前。新卒2年目。

私は神戸のシステム会社にいました。

規模は小さいですが、初めてメインで開発を任されていたのです。


連日終電。スケジュール通りに進みません。

社会人の基本「ホウレンソウ」もうまくできず、

とうとう上司2人を休日出勤に巻き込みました。


私を含め、3人は金曜日から日曜日の朝まで帰宅を許されませんでした。

週明け顧客先でデモがあるからです。

まだ動きません、とは言えるわけもありません。

「なんでもっと早く言わなかったんや!?」

と先輩からさんざん責められました。


そして、翌週も。

2週続けて金曜日からの徹夜です。


私は弱っていました。



会社で1夜を明かした土曜日の夕方。

妹から電話がかかってきました。


「おじいちゃん今夜が危ないみたいやから帰ってきて。」



その時の自分の心情が忘れたくても忘れられません。


「(帰れる。)」



私は上司に状況を伝えて、祖父が入院している故郷へ帰りました。

幸い祖父の一命はとりとめられていました。



翌週出社したところ、上司の一人の態度はこれまで以上に冷ややかでした。


祖父が危険な状態だったのだから仕方がない、

と心では自分を正当化しようとしながら、

やっぱり心の底からは自分を認められませんでした。

祖父の様態が悪くなったことを“仕事から逃げる理由”にしてしまったこと。

兵隊として戦争を生き抜き、年をとっても黙々と仕事を続けた

立派な祖父が病魔と闘っている最中に、自分は苦しみとも呼べないような何でもないことから

逃げてしまったことへの後悔が、今でも深く心にとどまっています。


社会の厳しさや自分の甘さに気づかされた反面、

祖父に会いに帰ったことは決して間違っていなかったという親族への思い。

いろいろな思いが入り混じったその週に、

祖父は他界しました。



葬式の後、家族・親戚が私に言いました。

「最近仕事で遅くなって疲れているから、きっとおじいちゃんが休みをくれやーたんやで。」


周りが何と言おうと、私の心中は今でも複雑です。



忌引きが明けても、上司との溝は埋まりませんでした。

その一件が直接的な原因ではありませんが、

私は仕事で挽回することもできず翌年その会社を辞めました。

その時はいろいろな理由を抱えていましたが、

今振り返ると完全な“逃げ”ですね。

・・・


私は神戸が大好きです。

でも神戸にいた頃の自分は大嫌いです。


結果的にはそんな時代を過ごしたから、今があるわけですが。


「私は親の死に目よりも、仕事を優先させます」

なんてことが言いたかったのではありません。

もちろん親族に何かあれば駆けつけるつもりですし、

そういう思いは親族以外の人たちに対しても持っています。

周りの人が、仕事より家族を優先させたとしても責める気はありませんし。



ただ、私はあの時の自分のことが嫌で嫌で(失笑) 殴ってやりたい。

あの一件以来、仕事への意識はかなり変わったと思います。