なんとか社会生活が送れる程度に隠しおおせながらやりすごしているメンヘラとしては大変えぐられる。

ていうか一応社会生活が遅れている時点でメンヘラではないのかもしれなくてでもメンヘラじゃなかったらなんでこんなに自分に振り回されて疲れているのかわからないし一応メンヘラとかいって理由をつけようとしている自分にも辟易する。


私が今まで嫌だと思ってたことって、結局全部「私が私に振り回されてるのとおなじくらいあんたも振り回されてよ」っていうことだったんじゃないかっていう気がしてくる。


解説は大変ぴんとこなかった。「本質をつかれて」?どこが本質だよ、っていう。確かに寂しいのはほんとうだけどそれは周りに人がいるとかいないとか関係なく私がいるかぎり自分の中から湧き出てくる寂しさだからそれを埋めようとする人に一緒にいてもらったってなくならないんだよ。軽々しく構造を分析しようとすると大事なことが見えなくなるよ、って言いたくなる解説だった。でもそれも高い位置から見下ろして分析してんじゃねえよ、っていう被害者意識なのかもしれない。


ほんとはたった一人にわかってほしい、でも自分でもわからないのにわかってくれる人なんていないしわかってるよなんて言われたらわかるわけないじゃんって思ってしまうだろう自分が見えてなんかもう本当にうんざりする。わかってるなんていわれたくないけど、わかんないけどなんとかしてわかりたいって言ってくれる人がどこかにいたらいいのに、ってつい思ってしまうけどうまれてからずっと私と付き合ってきた私ですらうんざりしてるこんな私をわかりたいって言い続けられる人なんていないってことだけはわかってる。


結局なんとかして隠しおおせながら誰かとなんとかやっていくだろう自分に呆れながら、誰ともやっていけない自分を想像して若干うっとりしている私は世の中なめすぎててそのうち痛い目に合うと思う。