※ 教師についてのブログを書きました。
教師の方には不快な内容かもしれないので、不快になることがお嫌な方はこれから後の記事はご覧にならないようにしてください。
私は、教師が嫌い。
教師という職業にさえ嫌悪感がある。
なんでここまで嫌いになってしまったんだろうと、ふと考えることもある。
世の中には、本当に素晴らしい教師もたくさんいるだろうし、いままでの人生で好きな教師もいた。
でも、この根深い嫌悪感は変わりそうにないな。
小学3年生の時の担任がその元凶。
もう30年近く前の記憶なのに、その日のことだけは鮮明に覚えている。
理科の授業で自習する時間ができて、私もその準備をしていたら「〇〇さん(私)はちょっとこっち来て」と言われて理科準備室に連れていかれた。
すごく怖い顔をした先生に、「なんで呼ばれたかわかる?」と聞かれ、わからないと答えると。
「Aさん、今日学校来てないでしょ。あなたにいじめられたと言っているの。心当たりある?」といきなり言われてびっくりした。
Aさんは、家が近所で数人で一緒に帰ったりしていた女の子の一人。
正直、何をいわれているのかさっぱりわからなくて、何度も先生にわからないと言った。
「ランドセルを持たせたりしたんじゃないの!」と強く言われた。たしかに下校時の遊びでじゃんけんをして負けたらランドセルをしばらく持つっていうのはしていたけど、私も負けたら持っていたし、その遊びをしていたのは4-5人だったのに、私だけが呼び出されて詰問をうけた。
何度説明しても、私だけが意地悪でランドセルを持たせたと言われて最後には「最近いじめが理由で死んでしまう子がいるの知ってるでしょ。Aさんが死んでしまったら、誰のせい!?あなたっていうことになるでしょ!」と言われたこと、いまだにはっきり覚えてる。
小学3年生の子どもにこの言葉って、ありえないよね。
それを言われてから、もう何も言えなくなった。
謝れと言われ、謝りにいくことになったけど、「本当に謝ったか、先生も後でAさんのおうちに行くから」と最後の最後まで信じてくれなかった。
それ以来、教師が嫌いになりました。
勉強ができたAさんだったから、馬鹿な私のことは信じなくてもAさんのことは信じたのかなとも思った。
私の母は信じてくれた。
悔しい気持ちもわかってくれた。そのために、勉強を頑張れと結構スパルタ指導するようになった。
そのおかげもあって、小学高学年には学年で上位になれたし、中学ではAさんよりもはるかにいい順位をキープできるくらいになった。Aさんとは、その事件以降は当然疎遠。
だって、関わっていたら、何を理由にいじめられたと訴えられるかわからない。怖すぎて関わりたくなかったから、別のグループと仲良くするようになった。
数年後。
母がAさんのお母さんと話すことがあって、あの事件の背景に、私の祖母とAさんの祖母が仲が悪かったことが影響していたことを聞かされた。
嫌いな人の孫だった私がいじめの首謀者に仕立て上げられたということが、事の顛末。
大人がしょうもないことをしたものだなと軽蔑しました。
Aさんはおとなしい子でおばあちゃんの言いなりで学校を休んだんだろう。
大人になってからも、小学校の同窓会には一度も参加していないし、一生参加する気もない。
Aさんが悪いわけじゃないかもしれないけど、私にとっては、つらいことを思い出すだけ。
Aさんのことは、そう思えても。
あの時の担任だけは許せない。
あの人のせいで、教師を嫌いになってしまったんだから。
馬鹿だった私が勉強の成績が伸びて、高校も学区外から進学して、国立大学現役で入学卒業して国立大学大学院もストレートで修了したことを、あの人は知っているかな。
知っていたら、どう思うだろう。会いたくないけど、どんな反応なのか観てみたい。
奇しくも、この世で一番嫌いな教師と、これまでの人生で一番好きな教師の苗字が同じ。
好きな先生の話をしていても、一瞬あの人の顔が過って不快な気持ちになる。
こんな不運ないよね。
教師って、子供が最初に出会う道を示してくれる大人だからすごく重要な仕事だと思う。
最初にくじかれると、そのしこりは一生もの。
そのあたりわかってる教師っているのかな。
少なくとも、あの人はわかってない。
というか、新人でもない、キャリアがついてる人だったからおごりがあったんじゃないかなと思う。
だから余計に腹が立つんだけど。
偉そうにして、優等生だけにはニコニコといい先生ぶって。そういうところが見えたから大嫌いになった。