私は自分の居た病室に戻った。
三女が生まれたからか、歩行器なしで自力でゆっくり歩いて帰れた。
長女の時も二女の時も、母子同室だったから、一晩寝たら起こされて授乳して。。。って思ってたから、しばらくの1人でゆっくり休める時間だと思って、ゆっくり休んだ。
産後2日目。
搾乳に看護・助産師さんが来てくれた。
ここで現実を知る。
そう、三女はGCU。。。
直接母乳をあげる事は出来ない。
同室にはならない。
小児科の先生が様子等を伝えに来てくれはる。
三女は酸素投入で何とか安定しているらしい。
今後予想される事は、ひたすら寝続けてしまうかもしれない事。
その時に、呼吸が浅くなってしまって低酸素状態になるかもしれない事。
スリーピングベビーの怖さを初めて実感する事になった。
小児科の先生は「保育器の中から出す事は出来ないけど、いつでも会いに来ても良いですよ。また顔見にきてあげてくださいね。明日には保育器から出られると思います。」
両親と長女が面会に来た。
二女は可哀想やけど、小さいから中には入れない。。。
でも、病室に入らないならば良いという事でGCUの窓越し面会を許してもらった。
両親と長女は三女と窓越し面会に行った。
窓越し面会の時間は終わっていて、カーテンの隙間からしか見れなかったらしいけど、元気そうだったみたい。私は、また夜にでも行こうと軽い気持ちでいました。
夜に1人だけで三女を見に行った。
窓越しで見る三女は、とても小さく見えた。
保育器に入っているのは三女だけ。
オムツ1枚で寝ている。
顔にはチューブが付けられて足にも何本かの線が見えた。
そんな姿を見てたら涙が出て止まらなかった。
私の勝手で薬を飲み続けた結果、三女は生まれて直ぐから苦しい思いをしてる。
あんなに小さいのに必死に生きようとしている。
なのに私が取った行動は三女を苦しめる事を考えもせず、自分の都合でリスクを承知の上で薬を飲み続けた。
後悔。
それしか私にはなかった。
遅すぎる後悔。
私は一体何のリスクを承知の上だったのか。。。
浅はか。。。
私の体に問題が残る訳ではない。
彼女の体に、成長に影響する。
お腹の中ですくすく成長してくれてた。
それで満足してた。。。勝手に。
私は、結局はいつか外に出る彼女のリスクは全く考えていなかった。
私の都合だけで。。。
色んな思いが出てきて涙は止まりませんでした。
部屋に戻っても泣き続けてたら看護・助産師が搾乳に来て泣いてる私を見て話を聞いてくれた。
そして「一緒に会いに行こう」と言ってくれました。
正直、すごく抵抗があった。
三女に会うのが怖かった。
自分の勝手で苦しい思いをして生まれて来てしまった我が子に、どんな顔して会えば良いのか。
看護・助産師さんと一緒にGCUに。。。
面会時間ギリギリやったし、ミルクの時間だったけど中に入らせてもらった。
保育器に手を入れてみる。
どうして良いのか分からない。
手を触ってみた。
暖かかった。
看護・助産師さんがGCUの看護師さんにミルクをあげても良いか聞いてくれた。
私がミルクをあげる事になった。
保育器からは出せないから手伝ってもらいながら、保育器の中に手を入れて。。。
そしたら、泣いた。
三女が泣いた。
小さい声で、でもしっかりした声で。。。
私は赤ちゃんは泣くのが当たり前だと思ってました。
その当たり前だと思ってた事が、こんなにも嬉しい事だとは思ってもなかった。
一生懸命にミルク飲んで、ゲップも上手にして寝て。。。
色んな線につながれながら。。。
GCUの看護師さんが「凄く上手に飲めるし、いっぱい飲む子ですよ」って教えてくれた。
お礼を言ってお願いして、私は看護・助産師と病室に。
看護・助産師が連れてくれなかったら。。。
一緒に行ってくれて本当に良かった。
根拠のない安堵感があった。
産後3日目。
三女が朝に保育器から出たと聞いた。
私の病室は産後部屋に移動する事になった。
当然、皆母子同室で赤ちゃんが横に居る。
皆、元気に泣いてる。
お母さん達も赤ちゃんに話しかけたりしながらお世話してはる声が聞こえる。
でも、私の横には居るはずの我が子は居ない。
三女の状態が保育から出て安定してたら同室もすぐにでも出来るとは聞いてた。
周りが羨ましく思えた。
皆、「ゆっくり寝れへんね~」「昨日は大泣きさせてごめんね。起きなかった?」
私にはそんな会話には入る事は出来ない。
赤ちゃんの泣き声が辛くて聞いてられない。
明日には同室になると思う。と聞かされてたけど、私には大部屋で一晩1人で過ごす事は辛過ぎた。
看護師長さんに個室に入れて欲しいとお願いをしに行った。
事情を知ってる看護師長さんは「明日は一緒になれるけど辛い?」と聞いてきはったけど「無理。精神的にもたへん」と言うと、個室への移動の準備を指示してくれはった。
個室に入ると、幾分気も晴れた。
個室だから二女も入って来られる。
大部屋だった時はエレベーターホールと、病棟の外の談話室でしか面会出来なかった。
移動した個室はGCUの近くだから二女もすぐに見に行ける。
誰もがすぐに見に行ける部屋。
まだ家族は窓越し面会。
また、カーテン閉まってたけど、開けて見せてくれはった。
ちょうどミルクの時間で皆で見てた。
夜には相方も来て、今度は一緒にGCUの中へ。
保育器じゃなく普通のベッドで寝てる三女。
相方はぎこちない手つきで抱っこしてた。
思わず笑ってしまいそうやった。
小児科の先生から先天的なリスクはないであろう事は聞いた。
後は母乳から出る薬の成分での後天的なリスクの問題。
私は、出産前から最小限にリスクを抑える為にミルクで育てるつもりで居た。
でも、初乳だけは飲ませたかった。
精神科の先生からも「母乳は止めた方が良い」と言われてたから小児科の先生に聞いてみる事にした。
産後4日目。。。
朝には母子同室になると聞いてた。
朝の検温の時に何時頃になるか聞いてみたけどGCUのスケジュールを確認するって言ったまま。。。
お昼になっても三女はGCU。。。
不安が脳裏を過ぎり始めた。
看護・助産師に再度確認してみる。
半ば怒り気味で。。。
GCUに確認すると行って出て行かはった。
お昼を過ぎてから、やっと三女が部屋に連れてこられた!
念願の母子同室。
泣き声が嬉しい。
一緒に居られる事が嬉しい。
小児科の先生に母乳のリスクについてきいてみる。
小児科医の立場としては何とも言えないとは言われたけど、お腹に居る時の方が血液を介してたし影響は大きいけど、母乳に出る薬の量はお腹の中の時よりも100分の1程度。
影響があるかどうかは実際のとこはハッキリした事は言えない。
けど、万が一、後天的な事、歩くのが遅くなったり言葉が出るのが遅かったりした時、母乳を飲ませていた事で自分を責めたり、家族が責めたりする事があるかもしれない。
そんな事が起きる事を考えると止めた方が良いのかもしれないけど、こればっかりは医者の立場としては、こうした方が良いとか、あ~した方が良いとかは言えないから家族で相談して決めてください。
最初に面会に来た両親に話した。
父親は即答で「そんなんやったらミルクにした方が良い」と言った。
母親は「何かあった時を考えたらミルクの方が良いのかも」と言った。
三女には、まだ搾乳した母乳は一切あげてなかった。
相方にも相談して先ず結果初乳だけはあげる事を決めた。
搾乳だけしかしてなかったし母乳の量も少なかった。
ミルク中心にしながら母乳を飲ませる事に。
そして眠剤は同室になってから飲まない様にした。
私が寝入ってしまって、三女が寝続けてしまったら起こす事が出来ないし、起きてくれたとしても眠剤の効果がある間は思うように動けないし、万が一でも抱き損ねた時を考えると怖いから。
精神科の先生とも相談したけど、今の状況で薬を全部絶つ事は止めた方が良いと言われてた。
悩みに悩んだ末の結果。
初乳に含まれている薬の成分量も気にはなったけど。
精神安定剤も自分なりに飲む時間を調整した。
母乳を飲ませた直後に飲むように。
出来るだけ血液中の薬の濃度を下げた状態で飲ませたかったから。
産後5日目。。。
退院の目処も経ったのに私の血圧が上昇。
血圧を下げる薬を飲むことに。
次の日の朝に血液検査をして問題なければ退院出来る事に。
2012年2月2日 生後5日
体重 2958㌘
母子揃って無事に退院。
三女が生まれたからか、歩行器なしで自力でゆっくり歩いて帰れた。
長女の時も二女の時も、母子同室だったから、一晩寝たら起こされて授乳して。。。って思ってたから、しばらくの1人でゆっくり休める時間だと思って、ゆっくり休んだ。
産後2日目。
搾乳に看護・助産師さんが来てくれた。
ここで現実を知る。
そう、三女はGCU。。。
直接母乳をあげる事は出来ない。
同室にはならない。
小児科の先生が様子等を伝えに来てくれはる。
三女は酸素投入で何とか安定しているらしい。
今後予想される事は、ひたすら寝続けてしまうかもしれない事。
その時に、呼吸が浅くなってしまって低酸素状態になるかもしれない事。
スリーピングベビーの怖さを初めて実感する事になった。
小児科の先生は「保育器の中から出す事は出来ないけど、いつでも会いに来ても良いですよ。また顔見にきてあげてくださいね。明日には保育器から出られると思います。」
両親と長女が面会に来た。
二女は可哀想やけど、小さいから中には入れない。。。
でも、病室に入らないならば良いという事でGCUの窓越し面会を許してもらった。
両親と長女は三女と窓越し面会に行った。
窓越し面会の時間は終わっていて、カーテンの隙間からしか見れなかったらしいけど、元気そうだったみたい。私は、また夜にでも行こうと軽い気持ちでいました。
夜に1人だけで三女を見に行った。
窓越しで見る三女は、とても小さく見えた。
保育器に入っているのは三女だけ。
オムツ1枚で寝ている。
顔にはチューブが付けられて足にも何本かの線が見えた。
そんな姿を見てたら涙が出て止まらなかった。
私の勝手で薬を飲み続けた結果、三女は生まれて直ぐから苦しい思いをしてる。
あんなに小さいのに必死に生きようとしている。
なのに私が取った行動は三女を苦しめる事を考えもせず、自分の都合でリスクを承知の上で薬を飲み続けた。
後悔。
それしか私にはなかった。
遅すぎる後悔。
私は一体何のリスクを承知の上だったのか。。。
浅はか。。。
私の体に問題が残る訳ではない。
彼女の体に、成長に影響する。
お腹の中ですくすく成長してくれてた。
それで満足してた。。。勝手に。
私は、結局はいつか外に出る彼女のリスクは全く考えていなかった。
私の都合だけで。。。
色んな思いが出てきて涙は止まりませんでした。
部屋に戻っても泣き続けてたら看護・助産師が搾乳に来て泣いてる私を見て話を聞いてくれた。
そして「一緒に会いに行こう」と言ってくれました。
正直、すごく抵抗があった。
三女に会うのが怖かった。
自分の勝手で苦しい思いをして生まれて来てしまった我が子に、どんな顔して会えば良いのか。
看護・助産師さんと一緒にGCUに。。。
面会時間ギリギリやったし、ミルクの時間だったけど中に入らせてもらった。
保育器に手を入れてみる。
どうして良いのか分からない。
手を触ってみた。
暖かかった。
看護・助産師さんがGCUの看護師さんにミルクをあげても良いか聞いてくれた。
私がミルクをあげる事になった。
保育器からは出せないから手伝ってもらいながら、保育器の中に手を入れて。。。
そしたら、泣いた。
三女が泣いた。
小さい声で、でもしっかりした声で。。。
私は赤ちゃんは泣くのが当たり前だと思ってました。
その当たり前だと思ってた事が、こんなにも嬉しい事だとは思ってもなかった。
一生懸命にミルク飲んで、ゲップも上手にして寝て。。。
色んな線につながれながら。。。
GCUの看護師さんが「凄く上手に飲めるし、いっぱい飲む子ですよ」って教えてくれた。
お礼を言ってお願いして、私は看護・助産師と病室に。
看護・助産師が連れてくれなかったら。。。
一緒に行ってくれて本当に良かった。
根拠のない安堵感があった。
産後3日目。
三女が朝に保育器から出たと聞いた。
私の病室は産後部屋に移動する事になった。
当然、皆母子同室で赤ちゃんが横に居る。
皆、元気に泣いてる。
お母さん達も赤ちゃんに話しかけたりしながらお世話してはる声が聞こえる。
でも、私の横には居るはずの我が子は居ない。
三女の状態が保育から出て安定してたら同室もすぐにでも出来るとは聞いてた。
周りが羨ましく思えた。
皆、「ゆっくり寝れへんね~」「昨日は大泣きさせてごめんね。起きなかった?」
私にはそんな会話には入る事は出来ない。
赤ちゃんの泣き声が辛くて聞いてられない。
明日には同室になると思う。と聞かされてたけど、私には大部屋で一晩1人で過ごす事は辛過ぎた。
看護師長さんに個室に入れて欲しいとお願いをしに行った。
事情を知ってる看護師長さんは「明日は一緒になれるけど辛い?」と聞いてきはったけど「無理。精神的にもたへん」と言うと、個室への移動の準備を指示してくれはった。
個室に入ると、幾分気も晴れた。
個室だから二女も入って来られる。
大部屋だった時はエレベーターホールと、病棟の外の談話室でしか面会出来なかった。
移動した個室はGCUの近くだから二女もすぐに見に行ける。
誰もがすぐに見に行ける部屋。
まだ家族は窓越し面会。
また、カーテン閉まってたけど、開けて見せてくれはった。
ちょうどミルクの時間で皆で見てた。
夜には相方も来て、今度は一緒にGCUの中へ。
保育器じゃなく普通のベッドで寝てる三女。
相方はぎこちない手つきで抱っこしてた。
思わず笑ってしまいそうやった。
小児科の先生から先天的なリスクはないであろう事は聞いた。
後は母乳から出る薬の成分での後天的なリスクの問題。
私は、出産前から最小限にリスクを抑える為にミルクで育てるつもりで居た。
でも、初乳だけは飲ませたかった。
精神科の先生からも「母乳は止めた方が良い」と言われてたから小児科の先生に聞いてみる事にした。
産後4日目。。。
朝には母子同室になると聞いてた。
朝の検温の時に何時頃になるか聞いてみたけどGCUのスケジュールを確認するって言ったまま。。。
お昼になっても三女はGCU。。。
不安が脳裏を過ぎり始めた。
看護・助産師に再度確認してみる。
半ば怒り気味で。。。
GCUに確認すると行って出て行かはった。
お昼を過ぎてから、やっと三女が部屋に連れてこられた!
念願の母子同室。
泣き声が嬉しい。
一緒に居られる事が嬉しい。
小児科の先生に母乳のリスクについてきいてみる。
小児科医の立場としては何とも言えないとは言われたけど、お腹に居る時の方が血液を介してたし影響は大きいけど、母乳に出る薬の量はお腹の中の時よりも100分の1程度。
影響があるかどうかは実際のとこはハッキリした事は言えない。
けど、万が一、後天的な事、歩くのが遅くなったり言葉が出るのが遅かったりした時、母乳を飲ませていた事で自分を責めたり、家族が責めたりする事があるかもしれない。
そんな事が起きる事を考えると止めた方が良いのかもしれないけど、こればっかりは医者の立場としては、こうした方が良いとか、あ~した方が良いとかは言えないから家族で相談して決めてください。
最初に面会に来た両親に話した。
父親は即答で「そんなんやったらミルクにした方が良い」と言った。
母親は「何かあった時を考えたらミルクの方が良いのかも」と言った。
三女には、まだ搾乳した母乳は一切あげてなかった。
相方にも相談して先ず結果初乳だけはあげる事を決めた。
搾乳だけしかしてなかったし母乳の量も少なかった。
ミルク中心にしながら母乳を飲ませる事に。
そして眠剤は同室になってから飲まない様にした。
私が寝入ってしまって、三女が寝続けてしまったら起こす事が出来ないし、起きてくれたとしても眠剤の効果がある間は思うように動けないし、万が一でも抱き損ねた時を考えると怖いから。
精神科の先生とも相談したけど、今の状況で薬を全部絶つ事は止めた方が良いと言われてた。
悩みに悩んだ末の結果。
初乳に含まれている薬の成分量も気にはなったけど。
精神安定剤も自分なりに飲む時間を調整した。
母乳を飲ませた直後に飲むように。
出来るだけ血液中の薬の濃度を下げた状態で飲ませたかったから。
産後5日目。。。
退院の目処も経ったのに私の血圧が上昇。
血圧を下げる薬を飲むことに。
次の日の朝に血液検査をして問題なければ退院出来る事に。
2012年2月2日 生後5日
体重 2958㌘
母子揃って無事に退院。