年末大晦日の参拝記録。
鞆の浦に鎮座する延喜式内社、沼名前神社(ぬなくまじんじゃ)。
またの名を、鞆祇園宮という。
地図


社標。
夷険一節~歴史好きなITエンジニアのblogっぽいもの~-20081231_沼名前神社_1

鳥居。
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肥前鳥居という、珍しいタイプ。
笠木の両端にある鳥衾(とりぶすま)が特徴的。
1625年建造。

参道を進む。
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この神社の境内、かなり広い。

参道の途中、右に行くと能舞台がある。
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豊臣秀吉が愛用した、組立式能舞台。
伏見城→福山城→沼名前神社と移築されてきている。
現在もここで能が奉納される。

拝殿。
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クリーム色の拝殿。
色のせいで、ちょっと安っぽく見えてしまうのは自分だけ?


本殿。
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拝殿とはうってかわって、風格ただよう本殿。

創建は仲哀天皇2年(西暦193年)、神功皇后の手によると伝えられる。
祭神は、
大綿津見命(おおわたつみのみこと)
須佐之男命(すさのおのみこと)
の2柱。

なぜこの2柱かというのは、歴史的経緯があるようだ。

もともと鞆祇園社と、渡守社(延喜式神名帳に載っている沼名前神社の論社)は別々の神社だった。
現在の社地は、鞆祇園社のもののようだ。
渡守社のもともとの社地は多分ここ→地図

1685年に渡守社は、鞆祇園社の境内に遷座。
1871年、鞆祇園社は国幣小社に列せられる。
1875年、式内社論社である渡守社の祭神を代表として合祀、延喜式神名帳の表記「沼名前神社」として改称。
こんな経緯があるため、祭神は渡守社の祭神と、鞆祇園社の祭神を祭っているというわけ。

鞆祇園社の方は式内社ではないが、京都の八坂神社の本社はこの鞆祇園社といわれているから、式内社に負けない由緒正しき神社。


おまけ。境内社。
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この写真で最も大きいのが、渡守社。


なかなか居心地も良い神社です。
休憩所も完備。
鞆の景色を見る場所としても、悪くありません。


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