猪苗代湖の北に鎮座する、延喜式内社 磐椅神社(いわはしじんじゃ)。
末社として土津神社(はにつじんじゃ)が鎮座。
土津神社には、初代会津藩主 保科正之公が祀られている。
奥の院には、墓所もあるようだ。
意味的には、日光東照宮みたいな感じだったのかね。
さて、そんな末社の方がメジャーすぎて、若干不憫な本社。
参拝は、土津神社から、徒歩で磐椅神社に向かう。
砂利道を徒歩で15分ほど。
磐椅神社は本来、南からの表参道があるのだが、現在そこは通れなくなっている模様。
社標や大鳥居は、その参道の入り口にあるらしく、今回は見れなかった。
で、西からの砂利道を通って参拝。
名物、大鹿桜。
花の色が、白色からしだいに鹿の毛の色に変化することから、この名がついた。
会津五桜の1つ。
拝殿。
本殿。
創建は応神天皇の御代(西暦250年頃)と伝えられる。
もともとの鎮座地は、磐椅山(現在の磐梯山)の頂上。
天平元年(729年)8月25日に、現在地に遷座。
祭神は、
・大山祇神(オオヤマツミノカミ)
・埴山姫命(ハニヤスビメノミコト)
の2柱。
それぞれ、山の神様、土の神様といったところか。
平安時代の頃には、この神社でも流鏑馬の神事などが行われていたそうだ。
表参道の規模からいっても、かなり有力な神社だったんではないだろうか。
境内には西峯遺跡という縄文時代の遺跡がある。
古き時代を偲ぶには、よい神社。
末社として土津神社(はにつじんじゃ)が鎮座。
土津神社には、初代会津藩主 保科正之公が祀られている。
奥の院には、墓所もあるようだ。
意味的には、日光東照宮みたいな感じだったのかね。
さて、そんな末社の方がメジャーすぎて、若干不憫な本社。
参拝は、土津神社から、徒歩で磐椅神社に向かう。
砂利道を徒歩で15分ほど。
磐椅神社は本来、南からの表参道があるのだが、現在そこは通れなくなっている模様。
社標や大鳥居は、その参道の入り口にあるらしく、今回は見れなかった。
で、西からの砂利道を通って参拝。
名物、大鹿桜。
花の色が、白色からしだいに鹿の毛の色に変化することから、この名がついた。
会津五桜の1つ。
拝殿。
本殿。
創建は応神天皇の御代(西暦250年頃)と伝えられる。
もともとの鎮座地は、磐椅山(現在の磐梯山)の頂上。
天平元年(729年)8月25日に、現在地に遷座。
祭神は、
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・埴山姫命(ハニヤスビメノミコト)
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それぞれ、山の神様、土の神様といったところか。
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古き時代を偲ぶには、よい神社。
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