諏訪大社を跡にして、車で小野宿に向かう。
この辺は、宿場町が多い。
町並みが保存されているという意味では、馬籠宿(まごめじゅく)、妻籠宿(つまごじゅく)が有名かな。

車で下諏訪から塩尻峠を抜け、小野へ。

というわけで、やってきました、信濃国二ノ宮、小野神社・矢彦神社。
社地は隣り合っています。

まずは、小野神社から。
社標。
20070501_小野神社_1
※あ、ちなみに、小野神社北側に、10台弱止められる駐車場がありました。

雨も強く、境内に人影は無い。
雨さえ降ってなければ、ゆっくりしていきたい雰囲気の神社なんだがなー。実に惜しい。

拝殿。気持ち、バリアフリー化してあります。
20070501_小野神社_2


奥の左から、副本殿、本殿、八幡宮本殿。手前は勅使殿。
20070501_小野神社_3
副本殿、本殿、八幡宮本殿は、一間社流れ造りで、寛文12年(1672年)造営だそうだ。
勅使殿は、御門屋造り。造営時期は上に同じ。
これらは、長野県宝宝石赤。鎮守の森は、県天然記念物。

祭神は、建御名方命(タケミナカタノミコト)。
諏訪大社の主祭神と同じですね。
神話では出雲から逃げてきたことになっているタケミナカタですが、諏訪古来の神であるというのが一般的な解釈となっているようです。

小野神社の庭園。大正時代の庭師、萩原苔山(はぎわらたいざん)造営。
20070501_小野神社_4


児玉 幸多
中山道の歩き方 木曽路をゆく―贄川宿~馬籠宿


続きまして、矢彦神社。
社標。
20070501_矢彦神社_1

多分、神楽殿。
20070501_矢彦神社_2

拝殿。
20070501_矢彦神社_3
神楽殿・拝殿も、県宝。

こちらの主祭神は、大己貴命(オオナムチノミコト)、事代主命(コトシロヌシノミコト)。
タケミナカタと同じく、国譲り神話の主役達です波


小野神社、矢彦神社ともに、天武天皇の勅使で、674年創建。
なかなか信憑性のある創建年です。

で、なぜ二つに神社が分かれているか。いつ分かれたのか。
調べてもよく分からない。素人の自分には、お手上げ。


この小野神社と矢彦神社、地図上では塩尻市に鎮座。
でも、住所としては、小野神社は塩尻市、矢彦神社は辰野町。
矢彦神社は飛び地になっている模様。

この小野宿の領地を巡って南北でゴタゴタがあり、天正19年(1591年)に豊臣秀吉が、南北で半々に。
で、小野神社・矢彦神社も、南北で半々にしたということのようだ。
この時点で1つの神社が、小野神社・矢彦神社に分かれたのなら話は簡単なのだが、そうでもないみたいだし...。
気になるかお

松浦 昭次
宮大工千年の「手と技」―語りつぎたい、木を生かす日本人の知恵


社務所にすら人が居なかったのが意外なほど大きな境内を持つ神社だが、居心地は良いです霧
あーでも、ベンチは無かったかな。
チョイチョイあるんですよ、ベンチのある神社ニコニコ