青いTシャツに願いを

青いTシャツに願いを

  そよ風に揺れる青いTシャツ

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今年の4月~5月、外出自粛が国、県から要請されていた時期。巣ごもり生活で家にいる時間が多くなることから、この機会にとApple Musicを始めてみた。月980円だし、最初の3か月は無料お試しだから損はない。

使い始めて半年あまり、無料期間も過ぎたが、実に世界が広がった感満載。巣ごもり生活を潤すためと、それよりも今出ているJ-POPに耳を傾ける目的もあった。遡れば、学生時代のバイト先ではゆうせんが流れていて、自然と今売れている歌は耳に入ってきて覚えられた。その後はヘイヘイヘイなどの歌番組を中心に接する機会があったが、パソコン=ネットをやるようになってからはテレビを見る機会が激減。浜崎あゆみの全盛期くらいで止まってしまっていた。

そのようなわけで、今売れている歌を知るのを主たる目的で始めてみたのだが、クラシックの音源も非常に多いことがわかり、むしり、そちらに深入りしてきてしまった。最新の音源から往年の演奏、歴史的名盤まで選り取り見取り。特に、聴いてみたいけどCD買うほどでも、とか買おうかどうか迷ってるものなどが最適。本当に、好きな指揮者、好きなオーケストラ、好きな曲だったら、やはりCDを買って手許に持っていたい。

それにしても、CDを買ってもいない曲を全編こうして聴き放題聴ける、今更ながら驚きだ。これではCDなんて売れるわけがない。ただ、1曲1曲を聴けるありがたみは確実に失せてしまうことも確か。CDを買って聴いていたときは、どのCDを買おうか選ぶのも楽しみだし、買ってきたCDをプレーヤーにかける時のワクワク感は格別。気に入ったCDの愛着は後になっても失われることはない。期待外れでガッカリというのももちろんあるが、それもCDめぐりの楽しみだろう。また最初は期待外れでも、何度か聴いているうちに、いや、実はすごい演奏だったと見直したことも少なからず。

こうして、バイキング的に選び放題、聴き放題に聴ける環境にあっても、つまみ食い、立ち読みならぬ立ち聴きのような聴き方はせず、ひとつひとつの演奏に敬意をもって味わって聴いていきたい。

トレイルランで岩場で転倒、左手の負傷から1週間。

傷口もいくらかふさがってきた。

まだ腫れはあり、小指が通常より1.3倍くらいと思われる太さになっている。

関節は自由に動かせない。

力を入れてしまったときに痛ッとなるくらいで、何もしてないときは痛みはない。

 

小指の脱臼とそれによる傷。骨が見えてしまったので、今思い出すとゾクッと寒くなるが、やらかしたときは、何故か痛みはいくらも感じなかったから不思議なものだ。

手袋をしていたのがせめてもの救いだったと思う。ただ、手袋は破れていなかったので、岩での擦り傷ではなく、脱臼した骨が皮膚を突き破ったものと思われる。咄嗟のことゆえ、どうなったのか詳しく分からない。

 

抜糸もまだなので、傷口が癒えるまでは血行を促すようなことは控えなくてはならない。

トレーニングはもちろん休止、酒も中断、風呂もせいぜい体を流す程度で長時間入浴は避ける。

カメラもちゃんと持てないから撮影もできない。

 

本当に家でゆっくり、パソコン、ネットめぐり、過去の写真の整理、レタッチ、のんびりしたオタク時間が今しばらく続きそうだ。

ここは力とエネルギーを蓄えるとき。

 

 

インターハイ中止。

自分はインターハイなるものとは全く無縁だったし、大部分の人がそうだろう。

インターハイに出られる、ましてや上位に行ける、勝てるなどという人はほんの一握り。

しかし、これを最高の舞台と拝め、奮闘してきた高校生にとっては、全てを奪われたような喪失感、絶望感にかられているのであろう。

 

自分とは全く関係ない理由で、夢舞台が消えてしまった事態。

でも、インターハイが人生の集大成ではない、スポーツのゴールではない。

そうは言っても…

今すぐ、切り替えなくていいと思う。時間をかけて、この残酷な現実を受け入れ、認識して。

 

しかし、インターハイを上回る新たな道を開くことで、

将来、あの時、インターハイが中止になったために、今の自分がある、と思える時が来る

そんな人間、人生になってると思う。

今年で第20回目を迎える西金砂登山マラソン。第1回が行われた2001年から毎年連続して出場してきたレース。遂に20回連続出場を達成した。

練習でもコースとしてよく使っているので、思い入れも強い大会。第1回はランナーズにも載らず、申込みは紙で郵送の身で、少人数での開催だった。第3回からランナーズにも掲載され、そこから申込みもできるようになったため、一気に参加者増加、規模も大幅に拡大した。

最初は2001年3月の開催。第2回も2002年3月に行われたが、第3回から開催月が変更、第2回と同じ年の12月に第3回が行われた。第4回からは11月の開催となり、そのパターンが定着し、現在に至った。

自分にとっては、2002年の第2回では2位、2003年の第4回では、自分史上ただ一度の優勝をした大会なのである。

それ以降は年々タイムは落ちていき、連続記録を途切れさせないために出続けていたところもある。

ピンチだったのは2017年。大会の3週間前にエアロビクスのレッスンに出て、右脚ふくらはぎを肉離れ。当然参加も危ぶまれたが、超スローペースで完走だけを目指して出ようと判断。歩くに近いペースで、再発の心配も抱えながら綱渡り状態で駒を進め、何とかかんとかゴールに帰ってこれた。あの時は本当にホッとした。連続記録が繋がったことに、と、途中で再発しないで持ち堪えたことに。

こうして20年も出続けてこれたこと、何より走るのを続けてこれたことは幸せなことと実感。支えてくれた多くに感謝あるのみ。今後も体続く限り、続けていこう。

金砂郷でのレース、久々に気を吐いた。
平地部分では冴えなかったが、登りで覚醒。
まるで、ほかのランナーは水のなかでも走ってるかのように見え、破竹の勢いで抜き去った。
下りでは更に圧巻の走り、加速にまかせで一気に駆けおりた。
下りが終わってからの最後の3キロも勢いはおとろえず、ラストスパート。

タイムは、いちばん走れてたころには遠く及ばないが、
本当に久々に力のこもった手応えのある走りができた。

 

第1回が行われた2001年から毎年連続して出場しているこのレース。

2003年の大会では自分にとって、ただ一度の優勝を果たした記念碑的レース。

今回で19回、来年は節目の20回。

第1回からの連続参加者は、おそらく一ケタの人数になってると思う。

どこまで出続けられるか分からないが、最後の一人になっても続けていきたいと思う。