昨日、自分を許すことについて
記事を書いたあとに、
心の片すみに
引っかかるものがあった。
今日は日曜日
家族みんなで過ごしていたので、
引っかかりを考えるひまが
なかったのだけれど、
昨日の記事を読み返して、
引っかかりに気づいた
私、自分の欠点を
受け入れていない。
ということに・・・・。
欠点を受け入れてはじめて、
許すことができるんじゃなかろーか、と。
私ね、お察しの通り、
短気です
でも、短気の部分が
どーしても許せなくて、
直したくて直したくて
イヤでイヤで、
仕方なかった。
穏やかでやさしい人に
憧れていて、
私もそれを手に入れたい。
って必死になっていて、
欠点をキライ
やさしくできたときに、
うんうん、いいぞ~
その調子
なんて思っていたの。
でもさ、心は不満だよね。
だって私、本当は短気だもん
「私は自分のすべてを許す、許す、許す」
なんていっといて、
ぜんぜん許せてなかったのね~
1ミリも許せてなかった
人は誰しも
欠点があって、
それが個性でもあるのよ。
そして、
明暗、光と影、陰陽や
コインに裏表があるように、
性格にだって
いいところと
よくないところがある。
光の部分だけよしとして、
影の部分は消してしまおうと
躍起になっていても、
エネルギーの
ムダ使いだということに
気がついた。
いい部分も悪い部分も
両方あって私。
そんなことわかっていた
はずなのにーーーー
全然受け入れてなかった。
むしろまだ、拒否していたんだって。
今2回目を読んでいる、
旺季志ずかさんのこの本。
「誰かのためも大切だけど、そろそろ自分のために生きてもいいんじゃない?」
1,404円
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これを読むと、
ハッと気づくことも
たくさんだし、
心に響く言葉がたくさんで、
勉強にもなるし
ホンットーーーに
心が救われる。
一部抜粋させてください。
もうこれ以上素敵になんかならなくていい。これ以上優しくなんかなる必要がない。ゲスくて、ズルく、ケチで、欲深い自分に「許可」を出したのです。
するとその途端に、それは私の愛すべき「一部分」になりました。
素敵だと思いませんか?
私もこんな風に
自分を愛したいんだと気づけた。
欠点が私のすべてでは
ないのよね、って思えた。
ほんの一部分にすぎない。
そう思えると、
心がまたフッと軽くなる。
欠点で、直すか
消し去るかしたいと
思っていた部分は、
本当は愛すべき、
私の一部分だったんだなぁ
しーちゃん、ありがとう。
本からたくさんの愛を
いただきました
しーちゃんなんて呼んで、
友だちかよ!!
志ずかさん、すみません