3月31日で「中学校教師」を辞めました。


でも、この仕事が嫌になって辞めた訳ではありません。


15年間続けてきて、ようやく「やりがい」や「自信」が持てるようになりました。


その「ノウハウ」や「仕事術」を若い人たちに伝えていけたらいいなぁ。


そう思っています。






『体罰』


NHKの土曜ドラマ「やけに弁の立つ弁護士が学校でほえる」を見ましたか?


スクールロイヤーのお話です。


1話目は『体罰』と『モンスターペアレント』の話でした。


ちょっと衝撃的な印象がありましたが、学校現場は正に「あんな感じ」です。


生徒が教師に「バケツの水をかける」とか「お弁当を頭からかける」という行為にまで及ぶのが当たり前とは言いません。


でも、そのギリギリの出来事はどの学校にもあるのではないでしょうか。


生徒たちの決め台詞はこれです。


『先生が体罰してもいいんですか?』

『それって体罰じゃないんですか?』


子どもたちは、そう言えば「教師は何もできない」ことを知ってしまっている。


『間違った学び』です。


だから、教師のことを蹴り飛ばす生徒の動画が出回ることになるのです。


あれは珍しい出来事ではなく、氷山の一角にすぎない。


そう思います。





では、そんな子どもたちに誰が『善悪』を教えるのでしょうか?


正直、学校は教えづらい環境です。


中学生くらいになると、本気になって伝えなければいけない場面というのがあります。


そんなときに『体罰』を持ち出される。


卑怯だと思いませんか?


『体罰』を持ち出せば、大人が何も言わなくなると思っている。


完全なる『勘違い』です。


そんな『勘違い』をしたまま大人にしてしまって良いのでしょうか。


でも、教師がそこで何かを言ったりやったりすれば『責任問題』に発展するかもしれない。


葛藤が生じます。


こんな風にして、教師は『何も言わなくなる』のです。


私の中にもこの『葛藤』がいつもありました。


でも『何も言わない』ということは、その子を『ダメな大人』にしてしまうということ。


『ダメな大人』をつくるために、私たちは『教師』になったのでしょうか?


それは違います。


だから、私は自分の信念のために『伝えなければならないことは伝える』ことを選択してきました。


たとえそれが『責任問題』になったとしても。


時には、自分より大きな男子に『本気を伝える』必要があります。


簡単なことではありません。


大きな声を出したこともあります。


机を思いっ切り叩いたこともあります。


でも、『本気』を見せる必要があるのです。


『体罰』と言われないギリギリのところで『本気』を伝えないと、中学生は自分の『勘違い』に気づくことができません。


そのまま『大人』にする訳にはいかない。


それが教師の責任なのです。


クレームがきたこともあります。


だからと言って『何も言わない』訳にはいかないと思うのです。



『体罰』が必要だと言っているのではありません。


『体罰』は絶対にダメです。


でも、「生徒にどんなことをされても教師は『体罰』をしてはならない」という風潮は、間違っていると思います。


生徒は何をしてもよいのではない。


やってダメなことは、やってはいけない。


それを教えるのが教師の仕事です。


それを教えようとしているときに行われた行為は、全て本当に『体罰』なのでしょうか?


ドラマの中で、スクールロイヤーは言っていました。


それは『体罰』ではないと。




いつか、スクールロイヤーが学校に配置されることになるのかもしれません。


でも、近い将来ではないでしょう。


それまでの間、「生徒にどんなことをされても教師は『体罰』をしてはならない」という風潮が続くのでしょうか?


本当の犠牲者は、『勘違い』をしたまま大人になってしまう子どもたちなのに。


わざとじゃなくてもぶつかれば『体罰』と言われてしまう。


それがいまや学校の常識です。


それが常識でいいのでしょうか。


『体罰』を主張することが、本当に子どもたちの未来のためになるのでしょうか。


考えなければならない時期になってきている。


そう思います。