3月31日に「中学校教師」を辞めました。


でも、この仕事が嫌になって辞めた訳ではありません。


15年間続けてきて、ようやく「やりがい」や「自信」が持てるようになりました。


その「ノウハウ」や「仕事」を若い人たちに伝えていけたらいいなぁ。


そう思っています。







『いじめによる自殺』 


この悲しいニュースが流れる度に、心が苦しくなります。


誰のせいか。


やはり学校や教師の責任は大きい。


どうして「いじめ」を防げなかったのか。


どうして「いじめ」をとめられなかったのか。


どうして「自殺」を防げなかったのか。


どうすれば良かったのか。


でも、わかる人はいますか?


『どうすれば良かったのか。』


誰かのせいにするのは簡単です。


でも誰かのせいにしても、失われた命は戻ってこない。


どうすれば良かったのか。


どうすれば防げるのか。


考えていかなければなりません。


そして、防いでいかなければならないのです。





ものすごく正直に言えば、『いじめ』『自殺』は教師が「直視したくない」問題です。


いつ、どこで起きるかはわからない。


『絶対に』防げる方法なんてありません。


マニュアルがある訳でもないし、マニュアル通りにいかないのが人間関係です。


教師や大人がずっと子どもたちの側いられる訳でもありません。


大人が見てないところで行われるのが『いじめ』です。


見えないものを見るためには、どれだけ『アンテナ』を張り巡らせることができるか。


自信がありません。


正直、とても『怖い』


だから「直視したくない」


考えないようにしてしまう。


だから、また起きてしまうのです。


この悪循環を断ち切る必要があります。


勇気を持って『自信がない!』と叫ぶべきです。


『どうしたらよいかわからない!』


『わかる人教えてください!


『わかる人』なんていないのかもしれない。


偉そうなことを言っている教育評論家だって、批判はするけど何もわかってないのかもしれない。


それくらい難しい問題です。


でも、黙っていてはいけない。


「わかっているフリ」をしてはいけないのです。


みんながわからないことだったら、みんなで意見を出し合えばいい。


批判をおそれずに。


「どうでも良い」と思うことの中に、『大切なこと』があるのかもしれないのですから。




【アンテナを高くする】


基本はこれだと私は思います。


見えないものを見る『目』、聞こえないものを聴く『耳』を教師がどれくらい持つことができるか。


今子どもたちの人間関係が『何色』なのか。


たとえ見えなくても、『見ようとする』。


それだけでも、何かが変わってくると思います。



【毅然とした態度を示す】


今や『いじめ』は『命に関わる大問題』だという認識を持つ。


だから『いじめ』に繋がりかねないことは、小さいうちにその芽を摘んでいく。


教師がブレてはいけない。


どんな時でも、誰に対しても、同様に『毅然とした態度を示す』。


「ふざけ」とか「遊び」を許さない。


「ふざけ」や「遊び」から『本気』に変わる時に、教師が側にいるとは限りません。


『「ふざけ」もわかんないんですか?先生。』と言われることもあります。


若い先生ほど、真面目な先生ほど、嫌なものです。


でも、生徒に何と言われようがダメなものはダメなのです。


たとえ嫌われようがダメなものはダメなのです。


『命』に関わる問題なのですから。




【このあとどうなるのかを教える】


ここ数年で、私は指導の仕方を変えました。


生徒の中には、何度言っても「やめられない生徒」がいます。


『危ないな。』と思います。


そういう生徒は、どうしても『強く』見せたいのです。


そういう方法でしか、自尊心を保てないのかもしれません。


ここ数年は、『危ない』と感じたときには必ず『このあとどうなるのかを教える』ことにしています。


「このまま続けていったら、もしかしたら相手が『死』を選ぶことになるかもしれない。そうなったらどうやって責任とるの?」


「もし、そんなことになってしまったらあなたは『加害者』になるんだよ!」


『死』を敢えて口にする。


良いのか悪いのか賛否あると思います。


教師としてはNGワードのような気がしますよね。


でも、敢えて口にします。


最悪のことを想像させる必要があるのです。


生徒は、そこで初めて気づく。


自分がやったことがどんなに『怖い』ことなのか。


ある意味「脅している」ような指導です。


だから賛否あると思います。


でも、教師は生徒を守らなければならない。


『被害者』になることからだけではなく、『加害者』になることからも守らなければならないのです。






あるとき、教師ではない友人と話をしているときに、その人がこんなことを言いました。


「どうして『自殺』をしてはいけないって子どもたちに教えないんだろうね。教えなきゃいけないんじゃない?」


ドキッとしました。


そんなことを考えたこともありませんでした。


確かに『殺人』をしてはいけないってことは教えるのに、『自殺』をしてはいけないってことを教えたことなんかありません。


自分の子どもたちにも話したことがなかったな。


ためらう気持ちが、やっぱり少しあります。


でも、伝えなきゃいけないと思います。


「『自殺』は絶対にしてはいけない。もし、あなたが『自殺』したら、私も生きてはいけない。それくらいあなたは大切な存在なんだよ。」


親にしか、伝えられないことなのかもしれません。



何が正解かはわかりません。


でも「直視したくない」気持ちや「ためらう」気持ちを乗り越えなければ、子どもたちは守れない。


失ってからでは遅いのです。


私たちにできることは、まだまだたくさんあるはずです。


もう二度と悲しい事件が起こらないように、私たちに『何ができるか』。


考えていかなければと思うのです。