こんにちは、このみです。


今日も読んでいただいて、

ありがとうございます。


初めは、

少し気楽なコンテンツから

入っていこうと思います。


今日は、
「四分の一生」
です。

私のです。


きっと、

将来は寿命が延びていると思うので、

100歳アベレージにしました。

それでは行きましょう。 



0歳~18

生まれも育ちも神奈川で、

かれこれ25年経ちました。

中学高校時代はテニスに明け暮れ、

授業以外は全てテニス、

こんがりと真っ黒でした。

 

ただ高校2年で部活は強制的に引退、

3年は受験生です。

2年の3月ギリギリまでやり、

3年は受験に専念しました。

皆は

もっと早く意識して勉強していたため、

遅いスタートに。

ずっと動き回っていたので、

座って勉強するのは耐え難く、

絶対に浪人はしないと決めていました。

一刻も早く受験生活を終えようと。

それが幸いしてか、

胃がきりきり痛みつつも、

念願の国立大学へ。

 

両親に負担をかけたくなかったので、

本当にほっとしました。

 


18歳~22

大学に入るなり、テニス再会。笑

高校でやりきった感はあったので、

部活ではなくサークルに入りました。

大学生活も謳歌しないと。

 

結局サークルに入って3日でやめ、

部活に入り、

また真っ黒になってテニス。

なんかこういう熱いの好きなんです。

 

だから、

いわゆる大学生、

キラッと効果音がつくような生活は、

していません!

 

1つ中高時代と違ったのは、

長年の夢だった留学に行ったこと。

カナダのバンクーバーにある大学に1年程いました。

 

これは、人生を変える経験でした。

初めて外から日本を見て、

常識が常識でないことに気づき、

自分の周りにあったものを知り、

力不足を実感し、

日本人がいかに礼儀正しいかを知り。笑

 

帰ってきたら、

浮くわけです。

よく言いますよね。

周りにも、なんか言われるわけです。

留学行く前はこうだった(プラスのこと)のにね、とか。

 

その時は結構落ち込みましたが、

今考えるとそれも、

自然な感情なのかなって思います。

結局、

すぐに日本の就活戦争に突入し、

全部落ちて、

周りはどんどん決まって、

焦りを通り越してあきらめ、

また来年~って思っていました。

 

最後に、

来年用の訓練と思って受けた1社だけ内定が出て、

行くことに。

う~ん、採用基準が分からない…



 22歳~今

銀行の営業をさせていただきました。

融資ですね、

中小企業を担当させていただきました。

 

大量のテストと、

マニュアルと、

膨大な紙資料のまとめ。

 

社長を目の前に、

20そこらの新人小娘がのこのこ参るので、

社長は不安だったんだろうなと

思います。

 

中に入ると、

銀行の仕組みと将来プラン、

学歴格差も見えてきて、

出世コースわかります。


本をたくさん読んだり、

人の話を聞いたり、

また動き回っていて、

ちょうどその時、

アドバイスをもらって、

決心がつきました。

 

3年後、

目指したい姿がなくて、

やり直そうと思いました。

 

転職!

転職は、

これで1つのノウハウを書ける気がするので、

興味ある方がいれば、

またまとめようかなと

思っています。

 

今は、外資系の情報通信会社にいます。

勉強するために

自分の時間が必要だったので、

技術系にいます。

0からスタート。

 

ここにいると、

世界の中心が移り変わっていくのが、

よくわかります!笑

日本人採用は減り、

東南アジア、

インド、

中国が

どんどん増えています。


ここまで、

四分の一生を

ざっくりまとめました。


次は、

社会人以後、

もうちょっと斬り込んで、

書いていきます。

 

それでは