わたくし、仲間とひっそりツイキャスをやっておりまして。

 

http://twitcasting.tv/mirabiliankick/

 

「ラジオ」とかのたまっておりますが、友と雑談しているだけの内容なのですけれど、

 

先日おしゃべりした、五線譜とミルクティー aka にゃんこ先生 がブログで紹介してくれたのでリブログ。

 

「忘我」の由来はまあアレとして、

文字通り「我を忘れる」ってこととしております。

 

企画云々の話ではないのですが、

 

我を忘れるほど何かに打ち込む、

 

または、「空(くう)」になる

 

ってことについて、考えさせられてしまいました。

 

少年サッカーのコーチをしていたときに感じたんですが、

子供って、夢中になってること多いんです。

特に低学年。

 

端からみるイメージだと、まさに「我を忘れて」いる。

 

集中してるんだか、何も考えていないのかは判断に難しいところですが。

 

ひたすらサッカーボールを蹴っている

サッカーそっちのけで砂遊びをしている

何かに気を取られてこちらの言うことを聞いていない

 

色々ありますが、共通しているのは

どっぷりと自分の世界にハマっている感。

 

そもそも「我」とは、

他があってこそ我なのであり、

 

我を忘れるということは、

他も忘れるということなのでしょう。

 

 

やっと気付きました。

 

自分が尊敬したり、いいなーって思ったり、要は魅力を感じる人。

 

この「我を忘れる」感がどこかあるんです。私の霊視的に。

 

これ、裏を返せば、恐らく自分に求めてることなんですね。

 

まあ、「我」を忘れる状態ですから、

「我を忘れる」そのものを意識できないのかもしれませんので、

自分にもその状態があるのかもしれないのですけど。

 

きっと私は探しているのだと思います。

自分自身の「忘我」スポット。

 

 

 

 

 

不勉強なものでして、

私、浜松が餃子で有名な街とは知りませんでした。

 

浜松と宇都宮は、餃子消費量で、毎年戦いを繰り広げているそうで。

 

この度、初めて浜松の餃子をいただきました。

 

webで調べたいくつかのお店は、どこも行列。

並ぶのが嫌だったので、偶然見つけたお店で。

https://tabelog.com/shizuoka/A2202/A220201/22003536

 

 

お店の中に鎧がありました。

 

宇都宮も浜松も、餃子のルーツは戦後の食糧難の時代だそうで。

満州からの復員兵が広めたそうです。

 

宇都宮餃子よりあっさりしていて、沢山食べられる味でした。

 

輪っか状に焼くのは浜松餃子の特徴。

 

真ん中のもやしは

一説によると、

「真ん中にある穴をどーしても埋めたい!」

って思った人が、地元で手に入りやすい「もやし」を使ったとか。

 

日曜の夜だったせいか、お客さんは少なかったけど、

行列の店との違いってなんだろな。

 

私は美味しくいただきました。