人間関係で基本にしたいものの一つに

「知らない」

があります。

「知っている」だと、あなたは何も知らないのだからわたしが代わりに教えてあげよう、やってあげようという態度になります。

これは意見の押し付けになり、ひいては相手を無知無能な者と断定することになります。

知っているベースの人間関係は、知識優先の学校教育がその背景の一つと考えられます。テストの採点は知っているか知らないかで、判断されますから。

ただ、ある一定の知識を基に、考える段階に至るので、知識を教えるのは悪いことではありません。

しかし、知ることがいいことで、知らないことが悪いと判断してしまうことが、あまりにも多くの人の無意識に刻印されているようです。

日常の会話の中で「そんなことも知らないの?」のような言葉を耳にする機会のなんと多いことか、改めて振り返るまでもないぐらいです。

では、「知らない」ベースの人間関係はどうなるでしょうか。

相手を知らないのだから、コミュニケーションを取ろうと思えば当然、相手を知ろうとして相手の話を聴こうとします。

聴こうとする態度は相手を理解しようとする姿勢に繋がります。
相手にとっても、わかろうとしてくれる人に嫌な感情を持つことは無いでしょう。

さて、ここまではよく言われることですが、ここから先が難しいと言われる人が多いようです。

というのも、自分と違う意見を言われたときは否定したくなるのに、それでも我慢して、相手をわかろうとしなければいけないのか?という疑問や不満が沸き上がるからです。

相手の意見が自分と違う時、普通は「それは違うよ」あるいは相手への配慮を見せようとして「ちょっと違うかな」などと言って、そこから先は「そういう場合はこうだよ」と持論が展開されます。

ここで敏感になってほしいのが「違う」も「ちょっと違う」もその言葉の後に何をしているかということです。
それは持論を展開しているわけで、結局は相手の意見を全否定しているのと変わらないのです。

そうすると、始めに戻って、相手は無知無能でこちらが正しいから教えてあげようになってしまいます。

わかろうとして聴くということは「違う」ではなく、「なるほど、そう考えるのですね」の方がより良いと思います。

その上で、「こんな風にも考えられるかもしれませんが、どう思いますか。」

こうすることで相手も新たな考えをきっかけに別の考えに至る可能性が出てきます。
さらに言えば、相手から自分の考えをさらに広げるものが出てくるのです。

つまり、違うは「知っている」ベースであり、なるほどは「知らない」ベースの枕詞と言えます。

どちらを使うと人間関係が良くなるかは明らかですね。


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