お葬式の費用を故人の預貯金から引き出した金員で支払う。
良くある話ですし,ほとんどの場合相続人の間で問題視されることはありません。
一旦喪主が支払って,香典などで賄いきれない分を相続財産から補てんしたり,遺産分割協議で葬儀費用分を喪主に上乗せすることもよくあります。相続財産がほとんどない場合は喪主以外の兄弟姉妹が喪主を援助することもあるでしょう。
民法では相続について,法定相続分や遺留分,寄与分,特別受益などの定めを置いていますが,これらは遺産分割協議が整わない場合に適用される任意規定であって,相続人が合意するなら基本的にはどんな遺産分割協議をしても構いません。葬儀費用の負担についても,相続人がどのように負担するかについて話し合いで自由に決めていいんです。
では,話し合いがまとまらなかった場合,葬儀費用はどんな扱いになるのでしょうか。
実は葬儀について明確に定めた民法の規定はありません。
近いもので祭祀承継について定めた条文が↓です。
(祭祀に関する権利の承継)
第897条
系譜、祭具及び墳墓の所有権は、前条の規定にかかわらず、慣習に従って祖先の祭祀を主宰すべき者が承継する。ただし、被相続人の指定に従って祖先の祭祀を主宰すべき者があるときは、その者が承継する。
第897条
系譜、祭具及び墳墓の所有権は、前条の規定にかかわらず、慣習に従って祖先の祭祀を主宰すべき者が承継する。ただし、被相続人の指定に従って祖先の祭祀を主宰すべき者があるときは、その者が承継する。
↑の条文は亡くなった方の意思を優先するという以外は,ほとんど何も定めていないに等しいですよね。葬儀はそれぞれの家や地域や宗教によって慣習が異なるので,法によって厳格に規定するのは馴染まないからです。お葬式はしないって宗教があるかもしれません。お葬式の費用は遺族ではなく近隣の住民で負担するという習慣を何百年も続けている地域があるかもしれません。また,時代の移り変わりによって慣習も変わっていきます。
とはいえ,葬儀費用の負担を巡って争いになった裁判例はあります。裁判所はどんな判断をしているのでしょうか?
直近の有名な判例は,葬儀費用は喪主の負担であると判断しています(平成23年(ネ)第968号貸金返還等請求控訴事件平成24年3月29日名古屋高等裁判所民事第3部判決)。
以下,判決の該当部分を引用します↓
「葬儀費用とは,死者の追悼儀式に要する費用及び埋葬等の行為に要する費用(死体の検案に要する費用,死亡届に要する費用,死体の運搬に要する費用及び火葬に要する費用等)と解されるが,亡くなった者が予め自らの葬儀に関する契約を締結するなどしておらず,かつ,亡くなった者の相続人や関係者の間で葬儀費用の負担についての合意がない場合においては,追悼儀式に要する費用については同儀式を主宰した者,すなわち,自己の責任と計算において,同儀式を準備し,手配等して挙行した者が負担し,埋葬等の行為に要する費用については亡くなった者の祭祀承継者が負担するものと解するのが相当である。」
以上,引用終わり。
ちなみに上記の判決の相続関係と事情は↓
葬儀費用は180万円以上とのことで,20年以上音信不通だった長男A,二男Cの立場としては,「なんで俺たちが実質他人みたいな被相続人Eの葬儀費用を支払わなくてはならんのだ!」って感情になるのは分からなくもありません。一方,控訴人B(長男Aが葬儀に参列せず,二男Cが断った為に喪主を務めた。)の立場としては,「本来は息子であるお前ら(長男A,二男C)がしなきゃならんのに代わりにしてやったんだ!」というところでしょうか。
なお,葬儀費用について最高裁判所による判決はありません。先に挙げた高裁判決も「亡くなった者が予め自らの葬儀に関する契約を締結するなどしておらず,かつ,亡くなった者の相続人や関係者の間で葬儀費用の負担についての合意がない場合においては」という前提での判断ですので,被相続人が相続財産から葬儀費用を支弁すべしという遺言書を残しているなどの事情がある場合には「相続人が負担すべき」という判決がでるかも知れません。
尚,民法での明確な定めはありませんが,税法上では葬儀費用は相続債務と見なされ,相続財産から控除することができます。また,香典収入は喪主の収入ですが所得税はかかりません。このあたりの詳しい話は税理士さんの守備範囲ですね。