A man may lead a horse to the water but he cannot make him drink.
馬を水辺まで連れて行くことはできるが、水を飲ませることはできない。
本人にその気がなければ、はたから無理強いしても事を行わせることができない、と意思の欠如を嘆くときに使われる。
「薄志弱行」が意味が重なるところがあるだろう。
優秀な学習塾の講師は単に学科の指導力だけでなく、塾生のやる気を起こさせることのできる講師。やる気を出させる一つの方法は競争心。学校の運動会でみんな一斉にゴール。みんなが一等賞。これでは競争心もなにも育つわけないでしょう。
また、教育についてこんなことわざも…
An ounce of discretion is worth a pound of learning.
一オンスの分別は一ポンドの学問の値打ちがある。
1 ounce(約28g)1/16 pound (1 pound 約454g)、つまり、思慮分別は知識の16倍の価値がある。
このことわざの成立は17世紀はじめだそうだ。これを現代の教育に当てはめてみると、知識偏重の教育でなく、問題解決の能力を高める教育の方が価値がある、ってことでしょうか?
make him drink の make は使役動詞「人に~させる」。
使役動詞といえば、let, have を加えた3つと教わったはず。
これら3つの動詞の用法は「V+O+原形不定詞」と共通している。
使役的な意味を持つ動詞は get がある。こちらは「V+O+to 原形」となる。
My father made me go there alone.
父は私に(私の意思に反して、無理に)一人でそこへ行かせた。
My father let me go there alone.
父は私に(私が望んだ通りに、許可を与え)一人でそこへ行かせた。
I had my father go there alone,
違いは判ってもらえたと思います。
適切な例文ではないかもしれませんが…
私は父に(何度も説得したが)禁煙させることができなかった。
I couldn't get my father to stop smoking,
私は父に(私の代わりに、私も行かなければならないのだが)一人でそこへ行ってもらった。