友達を家に招いた時のことです。

わたしは、いつも友達がくるとせっせとご飯を出してもてなして、自分で後片付けまで全てやります。


手伝ってとも言わないし


「座ってていいよ」「すぐ終わるから」



ってぜーんぶやってしまうのです。


それなのに、ただご飯を食べにくる友達がいると内心イラッとしたりするんですよね…


せめて、手土産くらい持ってきて欲しかったなとか。
言えばいいのに、それも言わず。苦笑

本当は気遣いしてもらえないことが嫌なのに、その気持ちに気付かず後から、モヤモヤするガーンガーンガーン



そんな中友達にご飯を出して一緒に食べました。

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友達は思った以上に喜んでくれました。
また食べにきたいって言ってくれたくらい。


わたしはそれだけで十分だと思ってたのですが


彼女が

「わたしお皿洗いする」と言ってくれたのです。


彼女は凄く家事が好きと言う訳でもないのに、やってくれると言ってくれたのです。



なので、これはいい機会だと思いお願いすることにしました。


お皿もキッチンに運ばないでみたのです。

彼女に全てお任せし、彼女の好きなように片付けてもらいました。



そうしたら、なんとも言えない気持ちになったのです。


感謝がジーーンて


感謝がジーーーーン

お願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願い

驚きったらないです。



その時、はじめて


自分が出来ることでも甘える喜び


を知りました。


得意なことでも頼る。

それはわたしにとってかなりの衝撃でした。




今まで、自分の成長の為に鞭打ってやってきて超自立になったわたし

知らず知らずのうちに
自分よりも得意にしている立場の人にしか甘えられなくなって居ました。




これが、わたしの甘えられない理由でした。




だから、わたしは友達にハイレベルな気遣いを求めていたし、それが出来る人は本当に僅かだったかなと思います。

その人たちは大体多くの人を束ねたり、アシストがうまい方々で

それはその人たちにとって「出来て当たり前になるまて磨きあげてきた能力」


決して当たり前のスキルではなかった。


そのクオリティしか許容出来ないわたしは、当然生きづらい滝汗滝汗滝汗滝汗



しかも、その方々の殆どがアダルトチルドレンのケアテイカー出身者。

そりゃホテルマン並みの気遣いが出来るのです。


そうでないと甘えられないと言う優劣の思考を手放すことで、すこーしずつ甘えることが出来るようになってきたと思います。


人に尽くされたいな


なーんて、厚かましく思える感じになってきました。


本当に少しずつですが人を信頼することが出来るようになりつつあるように思います。