203日 サボタージュとは、いま以上に、犠牲を払うことへの怖れ
サボタージュとは、いま以上に、犠牲を払うことへの怖れ昨日書いた「もう知らない」はまさにこれで すね。何でわかるのでしょう。それが心のメカニズム、心理というものでしょうか。頼まれたら嫌と言えない。それを見越しているのかと思うと腹立たしくなるのです。「私がこうして頭を下てお願いしているのだから、あなた聞いてくれるでしょう?」という風にどうしてももっていきたいのですね。つまり、イニシアチブを握りたいのでしょ。だから私はもう犠牲にはなりません!言っときますけど、はじめは犠牲者でも何でもなかったのですよ。むしろ喜んでいたし。でも、それを何度言ってもまるで恩を売っているようにしか取らないのですから。悲しかったですよ。そして、疲れました。そんなパワーゲームはもう沢山なのです。おやおや、意地でもコントロールしようとしていませんか?