自分を人に与えるほど、相手の本来の姿が見えてくる
この本では「自分を与える」と出てきますが本文を読むとそれは愛を与えることのようです。
愛って与えるものなのかな?という疑問はありますが、それは翻訳上のことかもしれません。
なので二通り書いてあるのかもしれません。
普通に考えると与えると減っていくのですが、愛は与えても減りません。
もし減ると感じるなら、それは愛ではなく犠牲です。
愛は義務でも犠牲でもありません。
いわば丸ごと受け入れることです。
器を広げましょう。
相手は鏡に映った自分なのです。
