ドイツはもう真夜中ですが

時間があるこの時間に一気に書きますデレデレ


聖書の中に好きな言葉がたくさんあります。

キリスト教のすべてが理解出来なくても

受け入れ難い事があっても

自分の心の中にお気に入りを増やす感じで留めておけば良いと思います。

良いものは遠慮なく頂こうキラキラ


前回の終わりに聖書の中の好きな言葉として

神のなさる業はすべて時に叶って美しい

自分を愛するように隣人を愛せ

と書きました。


もっと詳しく好きな言葉を書いてみたくなりましたニコニコ


あなたがたの敵を愛しなさい

あなたがたを憎む者たちに善を行いなさい

あなたがたを呪う者たちを祝福しなさい

あなたがたを侮辱する者たちのために祈りなさい

あなたの頬を打つ者には、もう一方の頬も向けなさい

あなたの上着を奪い取る者には下着も拒んではいけません

求める者にはだれにでも与えなさい

あなたのものを奪い取る者から取り戻してはいけません

人からしてもらいたいと望むとおりに、人にしなさい




何事にも時があり天の下の出来事には
すべて定められた時がある。
生まれるに時があり 
泣くに時がある。
植えるに時があり
植えたものを抜くに時がある。
殺すに時があり
癒すに時がある。
破壊するに時があり
建てるに時がある。
泣くに時があり
笑うに時がある。
嘆くに時があり
踊るに時がある。
石を放つに時があり
石を集めるに時がある。
抱擁に時があり
抱擁を遠ざけるに時がある。
求めるに時があり
失うに時がある。
保つに時があり
放つに時がある。
裂くに時があり
縫うに時がある。
黙するに時があり
語るに時がある。
愛するに時があり
憎むに時がある。
戦うに時があり
平和に時がある。

ふぅ〜、長かったw

こうして見ると仏教や他の宗教と通じる部分がたくさんありませんか?

人生には裏表、光と影は表裏一体。
つまり人生そのものですよね。
良いことも悪いこともずっとは続かない
明けない夜はない。
お寺のおみくじも大吉はあまり良くない、とか言いますよね。
調子に乗ると凶に転じる、と。

口は災いの元と言う言葉もありますが
聖書にも
食べる物ではなくあなたが吐き出す言葉があなたと言う人物が形成される
と言うような箇所がありますし。

聖書を読んでいくうちに
そういった仏教のような
つまり日本人の私が慣れ親しんだ聞いたことがあって親から言われたような言葉が多々あり
驚きとともに嬉しかったですニコ

人としての根本的な生きるうえでの大切な教えに大差は無いのに
何が違うだろう?と考えてみたら
やはり大きな違いは
故人への想い?扱い?
3年前に義父が亡くなりましたが主人も義母も(もちろん私も)1度もお墓に行ってません。
それどころかお墓がどこかハッキリ分からないみたいですポーンもちろんドイツ人でもお墓に行く人はたくさん居ますしその家庭によります。
あの教会の裏にある墓地、と言うのは知ってるみたいですが共同墓地で場所まで詳しく聞いていないとか。
最初"お墓参りしないなんて冷たいな〜"と思いましたが、話しをすると要は
"お父さんは天国にいるからお墓に行ってもそこには居ない。だからお墓に行く事にあまり意味はない"との事でした。
そこか!!そこが仏教とは大きく違うんだ、と納得。
義父が良く通っていた顔馴染みのカフェに行き
混んでいたのに、たまたま案内されたテーブルが義父がいつも座っていたテーブルだよ、と店主さんが教えてくれた時
"お義父さんもきっと今そこに座って一緒にいるね"と私が言った時も主人がちょっと微妙な顔をしていて後から"あの時ちょっと怖かった。え!今一緒に居る⁉︎と思って"と主人に言われた時も
"え?怖い?家族なのに?見ず知らずのお化けじゃないよ"と思いましたが、それも結局"仏"とか"魂"と言う概念が無いからでしょう。
主人は昔、仏教の本を読んだ事があるみたいで
その中で書かれていた
"すべてには魂がある。椅子やテーブルにも魂が宿っている"と言うのが、どうもピンと来ず、むしろちょっと気味が悪いと思ったそうです。
例えばお皿が割れた時
"縁起が悪い滝汗"って思ってしまう時ありますよね?または何か不吉なサインか?とか身代わりになってくれた、とか。
キリスト教にはその概念がなく
主人は"丸ブルー丸ブルー丸ブルーは悪いサインかも?って言うけどキリストにそんな事はない。皿はただの皿笑い泣き"
って言いますぶー

前回のブログに書いたように
私はキリスト教も仏教も好きな面とそうでもない面があります。
宗教について議論(ケンカとかじゃなく、あくまでも会話)をするのは好きです。
主人とも何度もしてきました。
その時に主人だけじゃなく他のクリスチャンの方から言われてちょっと嫌だな〜と思うのが
"仏教を創ったのは人間。その人間を創ったのは神。人間の力には限界があるけど神には限界は無い"
と言う言葉。
それを言われたらもう何も言えないというか…
「じゃあ、その神は誰が創った?」
と、私が大好きなイギリスのドラマのセリフを言いそうになるのですがニヤニヤ

どにかくどんな信仰であれ
信じるものがみんな違くても
争わず
それぞれがそれぞれの信仰をリスペクト出来る世界になりますように地球
明日は大好きなマーケットが来るのと
眠さが限界に達してきたので
この辺でショック

それでは、また虹