先日、映画「子どもが教えてくれたこと」を観てきました。

 

 

 

 

 

 

5人の難病の子ども達のドキュメンタリーです。

 

 

 

子ども達は自分の病気のこと・治療のこと・今後のことなどをきちんと理解しており、自分の言葉でしっかりと話します。

 

 

 

撮影時まだ5~9歳の子どもなのに、どうしてこんなにも精神的に強いのかと驚かされます。

 

 

 

そして、病気と闘ってはいるけれど、溢れ出る生命力が伝わってきます。

 

 

 

 

 

私は涙腺が弱くどんな映画でも泣いてしまうので、この映画の予告を数回観た時から絶対号泣するだろうなぁと思っていたのですが、不思議なことに泣きませんでした。

 

 

可哀想とか悲しいという感情も湧いてこなかったように思います。

 

 

 

 

 

上映している映画館は多くはないですし、淡々と現実が写し出されている内容に物足りなさを感じる方もいるかもしれませんが、たくさんの人に観てもらいたいなぁと思います。

 

 

 

 

 

生と死はそれぞれが別々の遠いところにあるのではなく、すごく近くに同時に存在しているのかもしれません。

 

 

 

だからこそ、死んでいるかのように生きている人もいれば、死が迫り来る中でも強い生命力を持ち続けている人もいるのでしょう。

 

 

 

 

 

映画の中で、9歳のアンブルはこう言っています。

 

「悩み事は脇に置いておくか、付き合っていくしかないの」

 

 

 

 

 

子どもや周りの人が気づかせてくれること、自分で気づくこと、日々気づいたことをどう生かしていくかは全て自分次第。

先週、なつろんさんの「不登校ママのお茶会in関東」に参加してきましたo(^▽^)o

 

 

 

 

 

 

参加した不登校ママは、私を含めて5人。

 

 

11時から15時過ぎまで、美味しい料理やデザートをいただきながら、不登校ママの様々な悩みや思いを中心に話がはずみました。

 

 

参加した皆さんは、なつろんさんのブログ読者さんなので、

登校再開への思いは残りつつも、ある程度不登校の現実をしっかりと受け入れている、

なんとしてでも再登校へエネルギーを注いでいる人はいない、

という点が共通している、とても素敵な方達でした。

 

 

 

 

たぶん、登校支援に関心がある人は、なつろんさんのブログは見ないし共感することもないのでしょう。

 

 

 

 

また、気軽に交流できるような不登校ママが周りにいないという点も今回の参加者全員に共通していました。

 

 

実際には、学校に通っているお子さんのママは、不登校への理解を示すことが多いでしょう。

 

 

だけど、理解は示しながらも、自分の子どもが不登校になっては困る・問題だと内心では思っているのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

子どもの不登校の理由や現状は様々ですが、不登校ママの思いは同じ状況を経験した人でないと本当の意味で理解はできないのです。

 

 

 

今現在、私の人生の中に「娘が不登校である」という現実はありますが、その現実に私の人生が飲み込まれることはなく、私の人生が犠牲になる理由にもなりません。

 

 

 

不登校の現実にむかつくこともあるし、心配もするし、不安にもなるよね。

 

 

誰かに話を聞いてもらいたいこともあるよね。

 

 

 

 

 

そうだ、Lineグループでのやり取りやリアルでの小規模なお茶会など、不登校ママの輪・交流の場を作ろう!

 

 

気になる方、もう少し待っててね(-^□^-)

昨日、さいたまスーパーアリーナで開催されたライブに1人で参加してきました(≧∇≦)

 

 

 

 

 

もともと娘が応援していた方達で、娘は去年のライブには参加していたのですが、今年は行かないと・・・

 

 

 

参加者のほとんどが中高生だし、なんか私1人で行ったら浮くよなぁ・・・なんて考えが何度も頭に浮かんだのですが、どうしても行きたかった。

 

 

 

 

 

YouTube先行で申し込む時に、娘に一緒に行かない?と聞いたけれど断られた。

 

 

結果は落選(ノ◇≦。)

 

 

 

次にTwitter先行で申し込む時に、再度娘に一緒に行かない?と聞いたけれど断られた。(←しつこい)

 

 

結果は当選ヾ(o´∀`o)ノワァーィ♪

 

 

 

 

 

当選して嬉しかったけれど、正直怖かった。

 

 

みんなの倍以上の年齢の私が1人で参加して浮くのが怖かった。

 

 

何あのBBAとか思われはしないかと怖かった。

 

 

 

怖かったけれど、実際は・・・

そんな心配は一切不要だった。

 

 

1人で行って良かった。

 

 

めちゃくちゃ盛り上がったし、心の底から楽しめた。

 

 

周りのみんなも、とっても幸せそうだった。

 

 

 

 

 

私の席の周りの人達は1人参加の人が多かった。

 

 

その中には、見た目年齢60歳くらいのおじ様もいた。

 

 

1人で参加することに勇気が必要だった人もいると思う。

 

 

だけど、好きって気持ちは、怖さや勇気が必要なことを簡単に乗り越えるだけのパワーがある。

 

 

 

 

怖いことは、本当はやりたいこと

 

 

「私なんて」という考えは、自分を馬鹿にしていること

 

 

 

 

 

「もうこんな年だから」とか「もう若くはないから」とか、年齢を理由にする人がいるけれど・・・

 

 

そして、そんな言葉を口にしている本人やそれを聞いた周りの人達も、なんとなく納得した気になっているけれど・・・

 

 

年齢を理由にしていることって、本当はそれほどやりたいことではないってことに気づいていない。

 

 

本当はそれほど好きじゃないこと、やりたいことではないことを誤魔化すために年齢を言い訳にしているだけ。

 

 

 

 

 

本当に好きなこと、やりたいことに年齢は関係ないよ

 

 

 

 

 

私は、周りから浮いていてもいいし、何あのBBAって思われてもいい。

※実際は、あまり浮いていないし、BBAとも思われていないはず

 

 

 

 

 

好きの力、本気でやりたいという思いは最強だ!

 

 

 

 

 

開演前の会場内

 

 

 

好きのパワー&ワクワクが充満している。

不登校な娘は、毎日スプラトゥーンをやり、ゲーム動画を見て過ごしています。

 

 

そして、ネットで見つけたどうでもいい情報を時々私に教えてくれます。

 

 

先日は「超ブスはあまり整形しないらしい」、「ちょっと惜しいって人の方が整形する人が多いらしい」という情報を教えてくれました。

 

 

その理由を聞いたところ、理由は書いてなかったとのこと。

えっ、そこが一番知りたいんだけど・・・

 

 

 

 

ちなみに私は整形肯定派なので、自分の外見コンプレックスのせいで閉じてしまっている内面を変えるために整形することはアリだと思っている。

 

 

 

 

ここからは、「超ブスはあまり整形しないらしい」に関して私の脳裏に浮かんだことね。

 

 

 

・あるものに満足していない(気づいていない)けれど、良くなろうとするエネルギーすらない

 

・変われる手段があることにすら気づいていない

 

・とにかく諦めている

 

 

 

これって、現状変わりたい(変えたい)と言いながら、全く変わらない(変わる気がない)人と同じだと思わない?

 

 

 

 

自分の人生ゲームのクリエイターもプレイヤーも自分自身なのだから、人生の脚本が気に入らなければさっさと書き換えたほうがいいと思う。

 

 

 

そうしないと、いつのまにかにゲームオーバーになってしまうよ((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル

以前品川神社に行ったときに受け取ったメッセージになります。

 

 

 

このメッセージが必要な方に届いて、その方の心の扉が開くといいなぁ・・・と思います。

 

 

 

 

 

あなたができることをやりなさい。

 

我々は自らが行動する者の後押しをする。

 

行動すれば空気が動く。

 

動きあるところに神が集う。

 

風であり、ざわめき・ささやき、そのような物を敏感に察知できる心の空間のある者は、自ら行動できる者であり、目に見えないサポートを受けることができる者である。

 

目に見えずとも存在している。

 

耳に聞こえなくとも存在している。

 

感じなくとも存在している。

 

自分の心を見つめていれば、自然と気づくことも多い。

 

 

 

 

 

色々なことを考えすぎて、なかなか行動できない人って多いけれど、とりあえず行動してみるってことをやってみるのもいいかもね。

 

 

とりあえず行動してみてから考えるのもアリだと思う。

 

 

もちろん、行動しないってことをやってみるのでもいい。

 

 

やった後悔より、やらない後悔の方が大きくなることが多いけれどね。

 

 

何を選ぶか、どちらを選ぶかは100%あなたの自由だよ。

私は、他人を主語にした話しかできない人が苦手です。

 

 

 

子供が・・・、夫が・・・、○○が・・・

聞かされる方は200%興味ない

 

 

 

お互いの共通の知り合いの誰かを話題にすることで、表面上は話が盛り上がることはあるでしょう。

 

 

 

だけど、ど~でもいい人(たぶんお互いそう思っている)とど~でもいい話ばかりしているのって時間の無駄じゃない?

 

 

まぁ、世の中的には、ど~でもいい人とど~でもいい話ができる人はコミュ力高いって評価になるんだろうけれどね。

 

 

 

 

 

言葉もエネルギーだから、自分の発言や口癖にも気をつけないといけない。

 

 

愚痴とか悪口しか言わない人といると、エネルギーを吸い取られているようでとても疲れるでしょ?

 

 

会話って言葉を通じたお互いのエネルギー交換でもあるし、自分の発言や口癖は結局自分に返ってくる。

 

 

 

 

 

自分を主語にした話ができない人って、自分を主語にする自信がなかったり、自分を主語にしなければ発言に責任を持たないですむと思っていることが多い。

 

 

 

 

自分を主語にできるってことは、見方を変えると自分を守護できているってことに繋がっていると思う。

 

 

 

「どんな私でも大丈夫」「どんなことがあっても私の価値は変わらない」ということがわかっていて、しっかりと自分を守ることができているんだと思う。

 

 

 

だから、私は自分を主語にした話ができる人間でありたいし、そんな人と仲良くなりたい。

 

 

 

 

 

自分を主語にできる人=自分を守護できている人

みつろうさんのブログで知った、今年の秋分の日に行われる「天空の祈り」

 

 

 

 

天河神社の柿坂宮司が東京にいらっしゃり開催される祈りのイベントです。

 

 

 

「東京の真ん中に宇宙の神さまを降ろす」ってすごくないですか?

 

 

 

特に予定が入っていなかったので、即効で申し込んでしまいました。

 

 

 

めちゃくちゃ楽しみヽ(*´∀`)ノ キャッホーイ!!

 

 

 

ご興味のある方は、ぜひ・・・

私は、ソウルプランを知ることで自分自身の本質を理解できるようになりました。

 

 

また、娘が不登校を選んでいる理由が多少なりとも理解・納得できるようになった気がします。

 

 

 

不登校のお子さんは他の人のエネルギーに敏感だったり、学校という教育システムに抵抗があったり、自己肯定感が低かったり・・・

 

 

このような性質も、突き詰めてしまえば自ら選んで生まれてきたということになります。

 

 

ただ、不利に見えるような現状であっても、それを乗り越えるための力も必ず一緒に持って生まれてきているのです。

 

 

 

 

 

ここで、ソウルプランについて簡単に説明をさせていただきますね。

 

ソウルプランについて

私たちは生まれてくるにあたり、この地球上で体験したい課題を決めてきているといわれています。

そして、名前も自ら決めてきています(名前を付ける人にメッセージを送って、その名前を付けるように仕向けている)。




名前の波動を読み解くことで、人生で直面する課題「チャレンジ」、それを克服する能力「才能」、才能を使ってチャレンジを克服した先にある人生の目的「ゴール」を知るとともに、人生の課題を解決する鍵となる「ソウルデスティニー」を理解することができるのが「ソウルプラン」です。

「ソウルデスティニー(魂の宿命)」は、私たちの存在の本質というべきもので、各人の潜在能力により達成される潜在的な可能性を表しており、「ソウルデスティニー(魂の宿命)」を実現することこそが、人生の究極の目標となります。

 

 

ソウルプランでは1~22の数字があり、全ての人は22個の数字の持つエネルギーを自らまたは他者を通じて体験するのですが、その中でも、生まれた時の名前の持つ数字のエネルギー内容をより強力に体験します。



なお、ソウルプランでは、人生を前半生(35~40代前半くらいまで)と後半生(それ以降)に分け、前半生を「現実(物質)世界」・後半生を「スピリチュアル(魂の次元)世界」に分けて考えています。

 

 

 

現在はモニターさん達のソウルプランをリーディングさせていただいています。

 

 

 

確証はないのですが、不登校のお子さん達はいくつかの特定の数字を「現実(物質)世界のチャレンジ」に持っているのでは?と思っています。でも、それって必ずクリアできるから大丈夫!

 

 

 

不登校のお子さんにお悩みの方だけでなく、ご自身の使命を知りたい方、気になる方の性質を知りたい方などにもオススメです。

○○になったら、○○できるようになったらって、言い訳かなんだか知らないけれど、その○○はいつになったら手に入ったりできるようになるのだろう?

 

 

 

 

 

本当は分かっていると思うけど、○○になったら○○できるようになったらって言っている人って、実際○○になっても○○できるようになっても、やらないよ。

 

 

 

○○になったり、○○できるようになっても、また別の△△になったら△△できるようになったらを見つけてくるだけだし・・・

 

 

 

もう○○も△△も言い訳だってことに気づこうよ。

 

 

 

 

 

本当はやりたくないことだけど、なんとなく格好悪いから、○○や△△のせいにして、やらない・できないことにしているだけでしょう?

 

 

 

そもそも本当にやりたい人は、○○になってなくても○○できるようになってなくても、そんなの関係なくやっちゃってるからね。

 

 

 

 

○○になったら○○できるようになったらって言っている人は、いったい自分が何歳まで生きるつもりで言っているんだろうといつも思う。

 

 

超長生きの家系なのかな?

 

 

もしかして、とってものんびり屋さんで、今世は無理そうだから来世とか来々世に実現すればいいとか考えているのかな?

 

 

 

 

 

 

私、去年がんの手術で入院した時、私よりはるかに若い人達がたくさん外科病棟に入院している現実を見た。

 

 


術後、点滴や管が何本も入った体に鞭打って病棟内を歩いていると聞こえてくる「気づいたら末期だった」、「○○に転移していた」って悲痛な声。

 

 

 

とってもせつなかった。

 

 

※私は、おかげさまで初期だったので、ほぼ完治と言われており、半年ごとの検査のみ

 

 

 

 

 

今のあなたの人生、いつ終了になるかなんてわからない。

 

 

 

もう○○になったら△△できるようになったらとか言っている時間なんてないと思っていたほうがいい。

 

 

 

せっかく色々な体験をするために、この地球にやってきたのだから、やりたいことはさっさとやったほうがいいと思う。

 

ついでに、やりたくないことはさっさとやめたほうがいいよ。

 

 

 

私は、地球で体験したかったこと全部やって、すご~く満足して戻りたいなと思っている。

 

 

 

 

 

 

 

もう一度、あなたに聞いてみたい。

 

 

 

あなたは何歳まで生きるつもり?

最初の一歩を踏み出せない人って、その一歩をすごく大きなものだとか大きくしなくちゃいけないって思っていることが多い。

 

 

 

その一歩を踏み出してしまったら、途中でやめてはいけないと思っている人も多い。

 

 

 

だけど、それってただの勘違いだから・・・

 

 

 

 

 

一歩なんて小さくていいから。

 

小さくて当たり前だから。

 

 

 

 

大きなものだとか大きくしなくちゃとかって、どれだけ足が長くないといけないのさ。

 

そんなに足長くないし、いやむしろ短いしwww

 

 

 

 

勝手に自分でプレッシャーかけて、いつまで同じ場所でグルグル回っているの?

もしかして方向音痴なの?

 

 

 

 

一歩なんて、軽く軽く鼻歌でも歌いながら踏み出せばいいし、一歩を踏み出してなんか違うって感じたら、さっさと途中で進むのをやめてしまえばいい。

 

 

 

 

 

まじめすぎること、考えすぎることを一旦手放して、軽~く一歩を踏み出してみてね。

 

 

 

きっと見える景色が変わってくるから(*'-'*)エヘヘ