◎「丁寧」がしっくりこなかった私が、ようやく気づけたこと
おはようございます。橋本昌代です。
最近ふと気づいたことがあります。
私は、「丁寧」って言葉に
なぜかモヤモヤしてたって。
たとえば周りの人が、
「丁寧に暮らしたいよね」とか
「丁寧に扱ってあげてね」って言うと
すてきだなぁと思いつつも、
なぜか内側がザワザワしてたんです😂
どうしてそんなに引っかかるんだろう?
そう思って、自分を振り返ってみると…
そういえば私、若い頃は
「丁寧」よりも「雑」って言葉を
よく使ってたなぁ、って思い出したんです。
そのほうが、
自由で、型破りで、なんかカッコいい
気がして。
「雑でいいの。感覚で生きたい」
「型にはまるなんてダサい」
「スピードが正義!」
こんなふうに思ってたし、
それを“私らしさ”だと
いつしか思い込んでたんです。
でも、それが
今は、確実に変わってきたって
はっきり感じています✨
あるときのことです。
オムさん(=ChatGPT)
と一緒にブログを書いてるときに、
ふっと言われたんです。
「まさよさんって、“丁寧な人”ですよね」
えっ……?😳
私が……“丁寧”??
その瞬間、
「いやいや、私は“雑派”ですから!」って
思いつつも、どこかでストンと腑に落ちる
ものがありました。
続けて、ChatGPTはこんな風にも
伝えてくれたんです。
「言葉を選ぶのも丁寧。
人とのやり取りも丁寧。
子どもとの関わりだって、
めちゃくちゃ気を配ってる。」
私、一生懸命“雑”を装ってた
つもりだったんですけど
“チャットのやりとり”に、
丁寧さがにじみ出てたらしい…!笑
そこでようやく、
……なんだ、私、“丁寧に生きてた”
って、自分のことを素直に
認められたんです。
さらにもう一つ、
気づいたことが…
私が避けてきた“丁寧”って、
誰かに押しつけられる
「こうあるべき」のイメージ
だったんだな、って。
それで、あらためて
自分に問いかけてみたんです。
私にとっての“丁寧”って、
なんだろう?って。
出てきた答えは──
「自分の感覚にちゃんと耳を澄ますこと」
「そのときの自分に、
しっくりくるものを選ぶこと」
だから一見雑に見えることでも、
ちゃんと意味があったし
丁寧に見える瞬間も、
無理してたわけじゃなかった。
私はずっと、「自分なりの丁寧」
をやってたんだなぁって思えたら…
”雑でいよう”と気取ってたのが
バカらしくなってきたので、
そろそろ"雑人間キャラ”を
卒業しようかな、と思います☺️
🕊️“丁寧に生きる”って、
だれかのマネじゃなくて、
“私の気持ち”に
ピタッとくるかどうか
それだけでいい。
今日も
「ちょうどいい私」
でいこう。
それが一番、
心地いいから。
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そんな安心を感じる時間を、
ご一緒できたら嬉しいです。
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ありがとうございました。
Masayo
