田丸家の忘年会がめちゃくちゃ楽しかった訳ですが
奥様のゆきさんは
お守りになる言葉をくれる人だと思う。
今までの人生で
あの人がああ言ってくれたから私は大丈夫と思えたとか
あの言葉があったからがんばれた、乗り越えられたっていう
ものすごい効力を持ったお守りみたいな言葉がいくつかあった。
同じように
あの人にああ言われたから、私はダメなんだと
心に棘のように深く突き刺さって
信じ込まされてしまうような
呪いのような言葉もあるし
友人にも、そんな言葉にがんじがらめに縛られて
身動きが取れず苦しがっていたり
どこか吹っ切ることができてないように見えた人が何人もいた。
周りから見たら「そんなこと」でも
一度、そうなんだ。と確信してしまうと
言葉はとんでもない効力を発揮してしまうことがある。
ゆきさんは、私によく「大丈夫」と言ってくれるのだけど
なんかゆきさんが大丈夫って言ってくれたら
不思議と大丈夫という気がしてしまう。
どうやらそう感じるのは私だけではないようで。
そりゃそうだ、と私は当たり前のように思うんだけど
ご本人は
なんかよくそう言われるんですよね~とか
のほほんとされている。
おい。と。
自覚ないんかい。と。
心の中でめちゃくちゃツッコミつつ。
なかなかやっぱり、自分で自分のよさや
価値、意味とかには
気づけないもんなんだな~、
他人事って素敵。なんて素敵。
と、思いつつ。
ゆきさんと他の人の「大丈夫」は
言ってる人の確信の深さが違うんですよ、と。
ゆきさんは、大丈夫と「知って」いて
他の人は大丈夫と「信じて」いる。
信じるということは、どこかで疑っているということ。
知っていることを、信じるとは言わない。予想も想像も期待もしない。
そこにあることを、そうなることを知っているから。
「この辺、コンビニあるかな~」って聞いて
「大通り出たらあるんじゃない?(あるよね、普通、
っていうのと
「大通り出て、右に行けばあるよ。(前を通ったとき見えたから知ってる)
っていうのは、全然違う。
どっちも行ったことがなくても
確信度合いが違う。
ゆきさんが、誰かに大丈夫と言うとき
予見を話すとき
適当な予想とか、期待だとかで言葉を発してはいない。
見えたものを、確信を持って言ってる。
それが受け取る側も何となくわかるから
あぁ、この人が言うとなんか違うなって感じるんだと思う。
ただ、言葉がお守りであれ呪いであれ効力を持つには
言う人の確信以外にも大事な要素がある。
お守りのときより、
同じように確信を持って
「大通り出て、右に行けばあるよ」
って言われても
本当かな~、なかったらどうしよう、とか
この人、行ったことないはずなのに大丈夫かな、とか
こいつの言う通りにはしたくないなとか
言った人を信頼してなかったら、効力を発揮できない。
言葉の効力=言った人の確信の深さ×受け取る側の、言った人に対する信頼
どんなにひどいことを言われても
その人に対する信頼がゼロなら
その言葉の効力はゼロになる。
何を言われても
はぁ?ウケるw
って思って受け取らなければ効力ゼロ。
・・・なんだけど
だいたい、呪いの言葉っていうのは
小さいときに信頼している人
受け入れるべきと思ってしまっている人から言われてることが多い
大好きなお母さんに言われたふとしたひと言。
もう何十年も会ってない担任の先生から言われた何気ない言葉。
クラスの男の子の
本当は好きなくせに
照れ隠しの天邪鬼な捨て台詞。
あの頃、完璧だと思っていたお母さんが
子どものことを含め
全てをありのままに捉えて、言葉にできていたかな。
顔も名前も覚えていない、
先生の言葉だからって本当にそんなに大切なのかな。
小さいとき、いつも自分の素直な気持ち、相手に言えてたかな。
後悔してること、ないかな。あるよね、自分にも。
ずっと握り締めていたその言葉を手放して
何か困ることはあるかな。
そのときのお母さんが見ている自分と本当の自分
大切にしたいのはどっちかな。
過去にいたかも知れない、でも本当じゃなかったかもしれない曖昧な自分と
こうなりたいと心から願う、でもまだここにいない自分
この世界で見てみたいのはどっちかな。
相手の言葉に力を与えるのも
効力を失くすのも自分だから
もう要らない呪いなら
きっと手放すこともできる。
本当に聞きたい言葉を
大切にしたい言葉を
もう、私は自分で選ぶことができる。
そして、
呪いでもお守りでも
実現するにはもうひとつの要素があって
そこに向かって行動するかどうか。
どれだけ、そこにコンビニがあることがわかったって
自分で行かなきゃ辿り着けない。
歩いてだろうと車だろうと
そこに向かって行くのは自分自身。
その言葉の実現=言った人の確信の深さ☓受け取る側の、言った人に対する信頼☓行動
かな。
逆に言えば
どれだけ確信を持って
あそこにコンビニあるから行ってきなよ、すぐだよ、って
言ってあげたとしてもね
行かなかった人の責任を、言った人が負う必要はない。
え~、って行くの渋る人とか
うわぁ、あるんですね!って浮かれてただ立ってる人とか
でも、行ったことないんですよね?って
自分が行かない理由を人のせいにしたがる人とか
それはそれで
行かないんだよ。
行きたくないんだよ。
掛け算のどこかを自分でゼロにして
辿り着かないことを選んでるんだよ、自分で。
(うー、胸が痛いな~。
行きたくないよね~笑)
中には自分が行かなくても
コンビニに自分とこまで来させる人もいるかもしんないけどw
「コンビニ、来てくれないじゃないですか!!」とか言われても
知らんがなw
ってなるからね。
なっていいからね。
お守りの効力を上げるのも
呪いを解くのも自分自身。
実現のために歩き出すのも自分自身です。
ただ
この人のお守りはめっちゃ効力絶大です。まぢで。
http://ameblo.jp/snowberry7358/