「本気」というやつを完全に間違えていたよ。

 

ずっと、「本気」ってどんなんかなと思っていて

私、本気のつもりだけど

これが本気だって確信がないなと思っていて

でも、そもそもが間違ってた。

 

「本気」ってなんか

何かを始める前に、胸の奥底から

溢れんばかりに湧き上がってくる

赤くて強いエネルギーみたいなものだと思ってた。

 

それがあるから人の何倍も行動できたり

人ができないようなことを思いついて実行したり

言葉に力が宿ったりするんだと思ってた。

 

そう思ってしまったのは

今までの人生で何度かそういうことがあったからで

一度は3ヶ月以上、毎日努力して

体重を15キロ落として、人生が変わった。

たかが15キロの肉がなくなっただけなのに

その3ヶ月はよくも悪くも私の世界を一変させた。

 

あともう一度は子どもが生まれてからで

ある人に出会い

これで、ボロボロに見えた自分の世界が変わるはずだと

毎日、自分と向き合った。

家事もそっちのけで一日のほとんどを

ご飯も食べずにパソコンの前で過ごし

それまでに自分の中に溜め込んだ感情やら思い込みやらと

向き合って向き合って文字にし続けた。

 

他にも数カ月で偏差値を20以上引き上げた大学受験のとき

でもやっぱり大きかったのはその2回で

今でもあの「本気」は狂気に近かったと思う。

 

そのインパクトが強いから

あれが「本気」だと思ってしまって

本気かどうかを

あのときと同じスイッチが入るかどうかで見ていた気がする。

あのときと同じスイッチが入るのを

ずっと待っていてしまったような気がする。

 

でもあれ、本気じゃなくて、狂気だったんだ、きっと。

40年で2回だから、もう次はない

あったらびっくり!くらいに思ってた方がいい。

 

 

きっと

本気だから動くんじゃない。

もちろん、最初から強いエネルギーで動き始める人も

動き始めることもあるだろうけど

あぁ、こいつ本気なんだなって思うのは

ただただ何かの行動をし続けてやめない、もしくは

生み出すものの量が半端じゃないとき、なんじゃないだろうか。

 

本気かどうかは何かを始める前にわかるんじゃなくて

やったあとから見えるものなんじゃないだろうか。

 

この人、本気かなって見るとき

目に見えないもので判断しようとしても

きっと難しい。

目だとか言葉だとかは

その瞬間、強いエネルギーなだけなのかもしれない。

次の瞬間は冷めるかもしれない。

 

やるって言って

すぐやるのか、ずっとやるのか、どれだけやるのか

 

それで言うと

私はその2回以外は

本気になんてなったことがなかったことになる。

なかなかイタイけれども。

 

逆に、別に本気じゃなかったとしても

すぐに取り掛かって、ずっとやめずに

いくらでもやったことなら

本気のつもりで何もしなかったよりずっといい。

 

じゃあ、そもそも本気かどうかなんかどーだっていいんだよ。

 

やる気ないとか出せとか

本気でやれとか

雲を掴むような話だったー。

ずっと騙されてたー。

気持ちはおまけみたいなもんだったな。

今更。

 

 

身体を動かそう。

丁寧に時間を使おう。

なんか、気負わずいろいろやろ。