昨日、とっても落ち込みました。
落ち込んだ、というか・・・
なんだろうな
ダメでした。
落ち込むって、なんか
元気な状態から落ち込むまでの曲線が見える。
グラフみたいな。
ジェットコースターのコースみたいな。
気分を線で書いたときに
ぐい~んと上がったり下がったりして
その、下に下がったとき、が
落ち込んだとき。
でも、なんか昨日の「落ち込む」って
「いきなりダメな世界にいる」って感じだった。
何枚か写真を手に持っていて
晴れた空の写真を一枚めくったら
いきなり腐った生ごみの写真出てきた~みたいな
すごく、連続性のない感じ。
元気だったけど、何かがあって下がったみたいなんじゃなくて
元気だったけど、理由もなく一瞬でダメな世界にいった、みたいな感じ。
もう、そうなると何もかもがダメなので
誰かが私にいった言葉が、まぁ刺さる刺さる
あれかな。私は針山なのかな。
裁縫箱の中でマチ針をたくさん刺されてるあれかな。
もしくは、筋切りされているお肉かな。
みじん切りされている玉ねぎかな。
みじん切りされて自分で泣いてどーすんだ。
泣いてないけどね。
不貞腐れたけど。
不貞腐れて、歯磨きはしたけど化粧も落とさず寝たけどね。
自分はダメ人間だって思ってるときに
変に救済しようとしてるみたいなちゃんとした人間ぽいことはしたくなくなるんだよね。
ちゃんと寝る支度するとか
ちゃんとイイもの食べるとか
そんなことしてやるもんか、みたいな気持ちになる。
自分を虐めてるんだと思う。
お前はダメだって自分に言ってるんだと思う。
逆に言えば、ちゃんと生活をするということは
自分を大切にしているということ。
起きて、顔を洗って、歯を磨いて
好きな服を着て、メイクをして
髪を可愛くして、持ち物選んで
そうやって生活しているときは自分を大切にできているときだと思う。
だから、こんなの誰でもやってると思っても
今日、ちゃんと起きられたこと
ちゃんと、身支度を整えたこと
ちゃんと、好きなものを食べられたこと
ちゃんと、お風呂に入って身体を綺麗にしたこと
ちゃんと、寝る準備をして、お風呂に入ったこと
それは全部、自分を大切に扱ったことになるから
全部、褒めていいと思う。
褒めていいよ。
がんばったよ。
本当にどうでもいいと思っているやつに
そんな手はかけてやれないもんだよ。
できないときがある私が言うんだから間違いないよ。
普通に生活ができるって、すごいことだよ。
途中で話が消えてしまったんだが。
針山か、私は、と。
人の言葉がぶすぶす刺さりますがと。
ブスとは言われてないけども。
「エネルギーがねぇ」みたいなさ。
しらんがなと思いました。
私にエネルギーは見えませんから
なんだろうな
こっちはしまむらで買った服も気にせず着られるのに
「そのスカートが5mm短いから、全体のバランスが台無しよね」とか言われた気分
しらんがな。
サッカー選手なのに秋葉原行って2次元の世界に疎くてディスられた気分。
サッカー選手なんだから、輝けるのはフィールドの上だよ。メイド喫茶では輝けないよ。
あ、いや、自分がそんなに輝いているとかそういうことではないけれども
ライオンが魚に「え~、泳げないのぉ~?」ってバカにされた気分よ。
食ってやろうか!嘘です。
サバンナがホームなのに、アウェイの水中に自分から行くことはなかったんだから。
エネルギーがどうこうじゃなくて
エネルギーが大事とか、多分、わかってるし。
でも
自分が見えない、わからないようなところで
そんな世界で息をしようと思わなくてもいいよな、苦しければ、別に。
って思って。
最近、毎日、土の上で裸足で立つことを続けてるんだけど、10日くらい。
エネルギーわかんないから、やるのずっと嫌だったんだけど
本当は早朝がいいんだけど
そうじゃなくてもいい
本当はそれなりに時間取ろうと思ってたけど、一瞬でもいい、って
めちゃくちゃハードル下げたらなんとか始めることはできた。
で、やってみたら、とても気持ちがいいのです。
本当はもっとやっていたいと思うくらい、気持ちいい。
気持ちいいってことは、エネルギーみたいなものを感じることが
そのときはできているってこと。
それに、エネルギー自体をどうでもいいとは思ってない。
寧ろ、大切だと思ってる。
でも、だからって全てをエネルギー基準で語られ
ましてや自分を評価されることを
エネルギーがよくわからない自分が無理に受け入れて
傷つく必要ないよね、別に。
・・・・傷ついたのか。あー、傷ついたのか。
なんかあれだな。
エネルギーあんまりよくない的なこと言われるのって
ブスですね、とか
デブですね、とかと同じくらいいやかも。
なんかもうこれだけ周りでエネルギーわかる人が多くなると
顔の美醜と同じくらいの感じで
エネルギーで見られることも増えるんだろうなー。
それを、ちょっと嫌だなって思うのは
私がまだつかれていて、歯が痛くて
寝る時間が少ないからだな。
きっとそうだ。
人にはそれぞれホームがあってアウェイがあって
好きがあって嫌いがあって
得意なことがあって、不得意なことがあるんだから
わざわざ、自分がアウェイで嫌いで不得意な場所で
いい評価を受けようなんて思わなくてもいいよね。
それでさらに話が戻ると
あんまりにも自分が一瞬でダメな世界に行ったから
あぁ、私、だんだんダメになったんじゃないや、
一瞬でダメな世界にいったんだと思った。
一瞬なんだって思った。
気分って多分、線で繋がっているように連続でそうなる訳じゃないんだ。
写真をめくるように
スマホで、画像をスクロールするように
多分、別な気分に飛べるんだと思う。
連続性とか理由とか要らないんだと思う。
美味しい、インスタ映えのするスイーツと
いちばんの顔で撮ったドヤってる画像の後に
反目で二重顎の失敗画像が来るみたいな
本当に一瞬で変わるものだと思う。
本当は。
だから、一瞬でダメな世界に行けるけど
そしたらそこは針山で
いつもは引っかからないはずの言葉にも引っかかるんだけど
逆に、本当は一瞬でふわふわキラキラ天国にも行けるんだろうなって思った。
選べるってことね、決められるってこと。
私がかなり苦手なやつね。
いつでも一瞬で飛べたらいいのに。
あとはですね。
私のブログ見てる人少ないからこっそり言うのですけど
これは弱音なんですけど
ブログ書くの、しんどいです。
書いてるときは、楽しいこともあるし
書くこと自体は、多分好きなんですが
書いたものを、後から見たりとか
数日、続けて書いたりすると
自分が書いたものが、飲み過ぎた吐いたあとみたいに見えて
すごく苦しくなります。
15年くらい前、私は今よりもっとひどくて
普通に食べることも普通に寝ることも
普通に起きることもできませんでした。
食べる、寝る、起きるがコントロールできなくて
普通の生活ができませんでした。
普通って何って
多少、時間がずれたとしても
多少、できないことがあったとしても
起きて、仕事に行って、寝て、起きるということを
毎日するということです。
それができなくて、できないのが怖くて
24時間365日が危険で、とてもヒリヒリしていました。
そこから抜けて、子どもができて
こんな自分に、どうしたってまともに子どもが育てられるわけがないと思いました。
こんな自分が子どもを育てるなんてできるわけがないと思いました。
そうしたら、オンラインでの子育て講座に出会って。
すごく簡単に言うと、自己肯定感を育てるコミュニケーションができる場所でした。
もう、そこで変わらなければ人生が終わると思いました。
子育て講座なんだけど、最初は子育てをする自分と向き合う部分があったので
初めて、自分の中に目を向けました。
周りのことを気にしている余裕なんかなかったから
自分のことだけを見て、気づいたことを書いて書きまくって
朝から最低限の子どものこと以外は自分のご飯もそっちのけで
ずっとパソコンと向き合って字を打ちまくって
始めたときにはパソコンなんか人差し指でひとつひとつ打ってたのに
すぐにペンで書くよりずっと早くなりました。
初めて見る自分の中には、本当に
いつ溜め込んだのかもわからないゴミがいっぱいに詰まっていて
ぐちゃぐちゃで、何がなんだかわからなくなっていました。
そこから取り出したものを字にしているから
本当に、吐いたものをぶつけただけの
自分が読んでも不快なものでした。
それを、時には泣きながら書き殴っていた。
少しずつ、書くものの濁りや淀みがなくなってきたけれど
でも
今でも、そうやって吐き出し続けてるんだろうと思います。
いつか、そうやって吐き出し尽くしたとき
全てではなくても
ゴミが出し切れたとき
私が書くものがいつか、軽いものになるんじゃないか
いつか、少しはキレイなものになるんじゃないか
いつか、少しは誰かの心に届くものになるんじゃないか
だからそれまでは
どうか、このまま、あるものを出すだけで
どうか、あまり見られることもなく、汚れがなくなった私に少しでも近づけるようにと
恥を忍んで
でもどこかで誰かに届いてほしくて
苦しかったとき、誰か助けてと喉の奥で叫び続けて
でも、外にはそれが出せなくて、痛かったから
どうか、どこかには私のような誰かがいてほしい、そして届いてほしいと思いながら
でも
汚くて醜くて重くて、不快だと思いながら書いていました。
人の目に触れていいようなものじゃないのに
ごめんなさい、ごめんなさいと思いながら書いているときがあります。
だから、書いたあとにとても苦しくなります。
そして今までも何回か、自分の書いたものを全て消したりしています。
自意識過剰。
本当は、読んだ人が、読んでよかったなって
心が軽くなったって思えるようなものが書けたらいいって思います。
私の、亡くなった恩師は
口にして誰かの心が重くなるくらいなら黙っておけって言っていました。
言葉は、相手の心を1ミリでも軽くするために使うんだと
でも、私はそれができなくて
吐き出すように、ぶつけるようにしかできなくて
書きたいのに書けない
書きたいものが書けない
見て欲しいのに見て欲しくない
今でも、そういう整理されない気持ちでいます。
多分、また消すことがあっても
何かは書くんだと思います。
別に、だからどうしてほしいとかはないのですが
ただ、ちょっと、やっぱりしんどいなって思って。
だったら書かなきゃいいとも思うんだけど・・・
書いたけど
消したくなったら消せばいいし。
何かの偶然で目にして下さった方々
本当にありがとうございます。
いつか、吐き出すために書くことが終わって
その先にあるものを見つけて
他の人に読んでほしいって
伝えたいって心から思えるものを書きたいです。