先日、ライティング講座へ行ってきました。
職場でメルマガ書く以外は、
ブログ書いたりだけど、それも続かないし
そもそも、このブログを書いているとき
私はかなり気持ち悪いなと思いながら書いていて
何が気持ち悪いかって言ったら
なぜ書くのか、誰のために書くのかがとても曖昧で
もっと言うと、なぜ曖昧かと言えば
人に読んでもらうことを覚悟していないから。
なんかこう・・・アイドルになりたくて
見てもらいたくて路上ライブしてるくせに
え~・・・恥ずかしいから、見ないでくださ~いとか言ってるみたいな
はぁ?じゃあ家でやっとけや、的な
外でやるなら、どんなにド下手だろうが覚悟して来いや!みたいな
そういうことを
自分が書く文章や、ネット上にブログを書くということ自体に
痛いくらいに感じているから。
ド下手なのにドヤ顔で書いて否定される勇気がないだけ。
あー。気持ち悪い・・・。
職場で人に読まれるために書く文章は
名前が出ないし責任もないから
余計なことを考えずに済む。
それで一応、ある程度の結果も出ているから
やってる気でいたけど・・・
ライティング講座へ行ったのは
どうしても手をつけられない、でも書かないといけないものがあったから。
そしてその文字数が、私には未知の領域だったから。
結果、行ってよかった。
本当に行ってよかった。
プロ野球だけ見て素振りしてたのが
実際、選手に会って
こういう練習をこの時間にこれだけしてるんだよ
これがこのくらいできたらプロだよと全部教えてもらえた感じ。
ひとりで見よう見まねでやってるのと全然違った。
全てを理論立てて教えてもらえたのも私にはよかった。
そして昨日は親方さんとゆきさんのセッションを受けて
自分はどんな人間なのかを話す。
自分が思考をどう使っているのか、どう使うといいのか
自分はどの感覚器でどういう風に
周りの人の言いたいことや感情を感じ取っているのか
そしてそれをどう表現しているのか
どのくらい、どうやって表現すれば、自分は苦しくないのか
(・・・って書くと
やっぱりなかなかすごいことをやっているものだなぁ・・・)
それで今朝。
あぁ、私は今までずっと、自分が考えることを許してなかったんだなと思った。
私は恐らく、感覚と思考が両方働いていて
(みんなそうだろうけれども)
感じているものも案外大きくて
思考の展開もそこそこ早くて
でも、その両方を否定していたんだなぁと思った。
小さいときは、人の気持ちとか考えていることとか雰囲気とかいろんなことを感じて
自分の反応が安定しなくて、自分で自分に振り回されて
親は多分、自分が感じていることとは向き合わないから
私が感覚的にモノを言うと「考えなさい」って言われて。
そう。考えなさいってめちゃくちゃ言われた。
私は、考えるべきところを考えてないんだと思った。
でも、いつからなのかな・・・
自分の頭の中で言葉が溢れて止まらなくなって苦しくなって
周りに考えすぎ、って言われ出して。
考えすぎって言われすぎるくらい言われたけど
考えちゃうのに考えないっていうのが
私にはものすごく難しかった。
自分が何を感じているのかがわからなかったし
周りの人はもっと、いろんなことを感じることができているんだろうなと思っていた。
私は
考えながら、感じながら
考えちゃダメだ、感じちゃダメだ
そして同時に
考えなくちゃいけない、感じなくちゃいけないと
ずっと思って生きてきたんだなと思った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・無理じゃないでしょうか、どう考えても。
私は多分、考えていいし
感じてもいる。
自分が今、感じていることを
どう伝えるのか、どう形にするのかを
ちゃんと考えていいんだと思った。
ちゃんと考えることのできない人が
長い文章を、わかりやすく、理論の破綻なく
説明しながらも、心に届くようには書けないだろう。
そして、あぁ、そうか、
私はそういうことができるようになりたいんだな。
最近、周りですごくおもしろいものを持ってる人とか
もっと世に出ていいのにと思う人がたくさんいて
その人たちが「書けないんです」とか言うのを聞いて
もったいないなと思って
いつかそういう、目の前に人がいればキラキラしながら話しまくるけど
PCの前で書こうとすると手が止まる人の代わりに
その人が話しているときに生まれているエネルギーを
そのまま文字にできる人になりたいなと思います。