昨年の終わりに

こじめぐさんの『立ち位置確認&修正セッション』というのを受けた。

 

幸せコンサルタントのこじめぐさんのFacebook

 

 

受けたときは実はよくわかってなくて

もっとタチの悪いことに

よくわかっていない、ということがわかってなかった。

それにやっと気づき

こじめぐさんに感想を伝えられたのが3週間後。

 

 

今、

なんていっていいかわからないくらいの静かで大きい衝撃を受けて

数日間、呆然としているところです。

戸惑ってます。

 

 

 

最初はすっごい軽い気持ちで受けたのです。

セッションはFBのメッセンジャーでのやり取り。

 

 

こじめぐさんから最初に来たのは

「現状と理想の状況を教えてください」

って。

 

「どうして今の現状になっているのか

自分から見た理由がわかってたら教えてください」

って。

 

 

・・・・・・・現状の立ち位置。デスカ。

 

 

40何年生きてきて

今の立ち位置はどこでどんな風になってて

それはなんでそうなってるのかって

敢えて考える機会はなかった・・・・。

 

今までこれを言葉にしてから死んだ人なんか

数%いるかいないかじゃないだろうか。

外国の人に

「ナンデニホンジンハエンカイデドジョウスクイスルンデスカー」とか

聞かれる人より少ないんじゃないだろうか。

いや待てよ。

私が聞かれなかっただけでみんな聞かれてるのか?

就職試験とかで?

そしてうまく立ち位置を把握している無数の駒たちによって

日本の経済は回されているんだろうか。

ここからもうちょっとフワフワしてる私。

 

でも今思えば、死ぬ前に、今、41歳で聞かれておいて

まじでよかった。

 

 

ただもうそのときは????????ってなって

アワアワしながら

『立ち位置』という言葉に関して自分の中に浮かんでくるものを

全て言葉にして伝えた。

 

 

“職場では、できない人、後者、気が利かない人

ダメな人、報連相ができない人、

雑用する人になってると思います”

 

(・・・・それって立ち位置なのか??)

 

 

“家でも、お母さんはダメだなとかだらしないとかかな。。。

 

他でも連絡できない、だらしない、お荷物的な感じか

向き合い方の足りてない人”

 

・・・要するに底辺だと言いたかったのかな、私。

 

そして小さいときは高慢な部分があったから違和感がずっとあったし

今は今で、自分の中が変わってきているのに

職場に行くとまた底辺にいたがるから

それがすごく気持ち悪かった。

 

それを伝えると、こじめぐさんが繋がっているガネーシャさんがひと言。

 

「なんでこれ、全部、他人目線やけど

実際にこんな風に言われたんか」

 

と。

 

 

 

「なんでこれ、全部、他人目線やけど」

 

 

 

これが、後から気づいたら

全然わかってなかったのです。

ほんとにわかってなかった。

 

 

日本語だから理解はできる。

けれどもわかってなかった。

 

 

 

私が思う立ち位置の何が他人目線なのか

どこからどう見ることが自分目線なのか。

 

 

 

どこにどう立つかは、他人との関係性で決まるような気がする。

ただその世界に私だけがいるときは

恐らくただ私が立っているだけ。

ただ在る。

 

 

他人や物事などの風景があるから

あの人とはこのくらいの距離感だとか

手放せてる物事があるとか

このことはまだ握りしめているとか

誰かより上だと思ったり下にいたり

誰かに何かをしてあげたり与えられたり

 

誰かや何かとどう関わるか・・・

自分以外の誰かや何かが存在するから

自分がどう立つか、

位置や態度、在り方が決まるんだろうし

はっきり言葉にできるんだろう。

 

ただ、確かに誰かと何かがあってこそだとは言え

今までの私は

自分が受け取ったと感じる他人の感情や態度と

自分の扱われ方で決めていた。

 

でも、本来は他人との関係の中で

どこにどう立っていれば

自分がいちばん心地よくいられるのかとか

自分がどこにどう立っていたいと望むのかとか

そういう、自分の感覚で決めるものなんだなと

ふと思った。

 

なんでだろう。

ほんとに、ふと、あぁそうかって思った。

 

 

 

 

今までは、誰かが怒ってるとか喜んでくれたとか

軽く扱われてる気がするとかで

あぁ、私の位置はこのくらいなんだろうなと

他人を基準に決めていた。

 

でも、本当は

こういう位置にいると心地いいなとか

ここは違和感があるなとか

この人とこういう関わり方をすると面倒で嫌だなとか

これだと効率よくてストレスなく動けて

自分の力を発揮できるなとか

自分がどう感じるか

自分が基準なんだな。

 

 

こう書いてみればめちゃくちゃ当たり前のことのように思うのですが

考えてみたら、小さいときから

他人を基準に決めることしかしてこなかった。

ってことにやっと気づいた。

だから

「なんでこれ、全部、他人目線やけど・・・」

の意味が全くわからなかったんだなぁ。

他を知らないから。

 

 

今までは、

あっちとはこれくらいの距離、

こっちとはこれくらいの距離・・・って

誰かや何かがある、決まった背景の中を

私が右往左往していたイメージ。

 

 

でも、本当は

私が中心。位置が変わらないのは私。

背景が、私の心地よさを基準に変わっていくんだ。

 

 

太陽の周りをくるくる回る惑星ではなくて

私が太陽だったー!

くらい、自分と周りの位置の捉え方が変わった。

 

地動説信じてたら、動いているのは空だったー!くらいの衝撃。

迫害も処刑もしちゃうのわかる!くらいの世界の激変・・・。

 

私は今まで、そうやって立っていたのか。

こうやって立つってどうやって立つんだろう。

立ってるけど、立ってるんだろうか。

立ててるんだろうか。

 

 

3週間もかかってやっとわかったことをこじめぐさんに伝えたら

「えみさん、カメレオンやったんですねぇ」って。

 

「キツかったんちゃいますー?」って。

 

 

キツかった???

 

 

いやもう、それしか知らないからキツイも何も。

生まれたときから10キロの重りが手足についてて軽いの知らなかったら

重りを外すまでは重いでしょ?って言われたって

え?何がですか??ってなりますよ多分。

 

標準装備、初期設定、デフォルトだった。

40何年で初めて自分の世界を逆から見た感じがした。

 

 

これもう長くなるので続きますが

こじめぐさん、ほんとにありがとうございます。