【土台のないところに家建てられんやろ!】
・能力(特殊なやつ)が欲しいです
・もっと~できるようになりたいです
とか、ご相談いただくことが多くなってきました。
あのね。
土台となる自分が安定してないと、家は建てられないし建てたところで崩れるの早いよ?
えぇ~、特殊能力欲しいw
リーディングとか遠隔ヒーリングとか
なんかかっこいい!
そんなのあったら
「私、こんなことできます」って堂々と言えるなー。
稼げそうだし。
と、思わなくもないですけれども
今はいいかなと思っています。
きっと誰でもいずれできることだろうし。
それこそ土台できてないし。
で、親方の言う「土台」とはなんぞやということと
どうやったらできるんだ、っていうことの
私の仮説。
恐らく、リーディングであれ、ヒーリングであれ
本当はみんなできると思うのです。
人間の意識には本来、制限などなくて
「あのとき、なんであんなことしちゃったんだろう」って
一瞬で意識を過去まで拡げることも
「こんな風になったら嫌だなぁって」って
未来に飛ばすこともできる。
田舎のお母さんが、すごいタイミングで
どんぴしゃな荷物を送ってくるとか
離れていても、誰かのことがわかることもある。
今、この3次元の世界で
光速を超えると実証された物質は
まだ見つかっていないと言われるけれども
人間の意識は時間や空間を一瞬で超えることができる。
それが、時間だけでなく、遠くにいる家族だけでなく
天使にも及ぶ、ハイヤーセルフにも及ぶ
亡くなった人にも及ぶんだと認識できるかどうか
それができるということを「知る」ことができるかどうか
それだけのことだと思うのです。
ただ、じゃあ見えない世界から何かメッセージがもらえたとして
それを正しく、というのはちょっと違うと思うのだけれども
受け取る器が自分にあるかどうかというところが
親方の言う「土台」のひとつだと思っていて。
例えば、今、見える世界の中ですら情報がこれだけ氾濫している。
ネットでもあれがいい、これはダメとか
それこそいろんな人がいろんなことを言っている。
それを、偽物に惑わされたり
権威だとか周りの大勢の流れとか、自分の思い込みに押されて
ただただ踊らされたり、自分はしていないと
確信を持って言えるのかと。
ネット上にある、〇〇大学の教授の言葉と
近所のおばちゃんの言葉を
同列に扱い、受け取るかどうかを選択することができているのかと。
そもそも「見えない存在」からの声が
全てそのまま受け取るべきものかというと違うんじゃないかと思っていて。
私たちだって2次元から見たら「高次元」の「見えない存在」だけど
目を背けたくなるようなことを言ったりやったりしている人はたくさんいる訳で。
それだったら4次元にいたってまだまだ思惑のある存在もいるはずで
まぁ、わかりやすく
「ほらほらやっちまえよ~」みたいなこと言ってきたらいいんだけど
巧妙に言ってくる人もいると思うのですよね。
結婚詐欺師みたいな。
まぁ、それが意図的であれ、無意識的であれ。
3次元でだって、戦争を起こす人たちの中には
本当にそれが正義だと思って、自分たちや、
大切な人を守ることだと思ってやっている人たちもいるんだから。
そういう、ちょっとずれたことを言ってくる存在が
見えない人たちの中にいても
全く不思議ではないと思うのです。
寧ろ
見えない存在とコンタクトが取れたらいいなぁという気持ちが
単なる楽しみからではなくて
それができない自分はダメだ、足りない、みたいなところから来るものだとすると
その波動と共鳴する存在とコンタクトを取る訳だから・・・
大丈夫なのかなと
私がそうなったら、冷静に判断なんかできないなと思うのです。
今だって
人に何か言われたときに、ありのまま素直に受け取ることすらできないときがあるのに
見えない人から言われたら余計にわからん。
舞い上がってしまう。
相手が天使だろうと子ぎつねちゃんだろうと小悪魔ちゃんだろうと考える間もなく
すげー!聞こえたー!
宇宙の見えない存在がこんなこと言ってますよ!って
言っちゃう気がするのです。いや、言うね、確実に。今、聞こえちゃったら。
だからまずは3次元での人の言葉
耳や目を通して入ってくる全ての言葉に対して
なるべく色眼鏡で見ることなく受け取って
真偽なのか、役立つかどうかなのか
愛があるかどうかなのか
その辺りの基準も含めて
どう受け取るか
そこがまず「土台」のひとつなのかなと思います。
それとあとひとつは
その声が聞こえる方々を見ていると
なかなかどーして大変そうだなと思うのですよ。
めっちゃ忙しいときにあそこ行けとか
お金持ってないときに今度はあそこだとか。
向こうはどうやら人材難だそうで。
使える人にはこれでもか!!ってほどの仕事が来る・・・らしいのですよ。
それで、
どうしてこれだけ特殊能力が欲しいと思っている人が多いのに人材難なのかと言ったら
恐らく、大抵の人たちは言われたことをやらないんだと思うんですよね。
多分ね
全ての人たちに実は「神様からの指令」は来ていると思うんです。
こうしてほしい、
こういうことすると、周りの人たちはしあわせになるんだよ、
っていうのを。
これ、もし「神様からのお願いだよ」って言われたらみんなやるでしょ。
でも、最初は「自分の直感」とか
誰か人間の口からのお願いとかのフリをするんじゃないかな。
で、大抵は
「面倒くさい」とか「大変そう」
「私なんかにできるはずが・・・」「全然、得にならないから」とかでやらない。
そんな人たちが大半なのに、何人かは、すぐやる人がいる。
面倒でも、損するとしても、できなさそうでも
誰に言われたとしてもやる人がいる。
そういう人を見て
「あぁ、こいつならやってくれそうだな」ってお願いするんだと思うんですよね。
地球をしあわせにするお仕事を。
神様からだよ、と言ったり言わなかったりはするだろうけれども
やってほしいことを言ってくるんだと思うんです。
だって自分が社長なら
大切な仕事ほど、やってくれるという信頼と実績のある部下に任せるでしょう。
コピー取って、ってお願いしたのに
「いや、そんなことするためにこの会社入ったんじゃないんで」って
やってくれない人にお願いはしないでしょう。
「コピー取るためにこの会社入った訳じゃないんで」ってあれだな
「自分の使命はこんなもんじゃないはず」って言ってるのと変わらないな。
・・・あ、やばいなんか泣きそうになってきたんですけど自分で。
恥ずかしい。
自分で書いてて胸が痛いのですけど
だからって嫌なこともやるべきって訳じゃなくてですね
多分
直感でやりたいなって思ったこととか
これやったら、歓ぶ人がいるだろうなって思えるけど
大変そうだったり勇気の要ることだったりって
たくさんあると思うんですよね。
それをやったらいいんじゃないかなってことです。
その「行動力」と、
それをやろうとしたときに出てくる思い違いみたいなものを
ひとつひとつ外していって、残った「本当の自分」。
それらが、親方の言う「土台」のまた別のひとつかなと思ってます。
まぁ、せっかく、制限のない見えない世界から
わざわざ3次元世界に降り立ったのですから
もう少し、遊んでいてもいいと思うのですよね。
土台作りもなかなか楽しいきっと。