人によって考え方は違う。
と、わかっているつもりでも
数年前、気づいたときに衝撃を受けたことがあります。
試しに答えてみてほしいのですけれども
「朝8時から夕方4時までは何時間ですか?」
・・・8時間?
うん。ですよね。
どうやって出しましたか?
ってときに出てくる中身が違う。
ある人は
「夕方4時は16時だから、16-8で8時間」
と言う。
ある人は
「9、10、11、12、1、2、3,4・・・って数えたら8時間だから」
と言う。
ちっちゃいときの私、これ。
ある人は
「8時から12時までが4時間で、12時から4時までが4時間だから
4+4で8」
と言う。
どこから12時って区切りが出てくるんだろうって
聞いたときめっちゃびっくりした。
今の私の8時間の出し方は結構びっくりされるけど
頭の中に文字盤が浮かんで、角度でわかるから計算しない。
のですよ。
ただ、この8時間を出すだけで
これだけ人の頭の中身は違うのです。
で、
人によって答えを出す方法は
それぞれ、びっくりするくらい違うんだなってことがわかっていないと
今、この人の頭の中で何が起こっているのかなって
考えようとも思わない。
16-8しかないと思っちゃってる人が
12時で区切る人に
16-8しなよ!!なんでできないの??
って言ってくる訳ですよ。
はぁ?てかなんで一回、16にすんの?
意味わからん。めんどくさい。とか。
えぇ?16ってどこから出てくるの??
12時はどこに行っちゃったの?
全然、わかんない・・・私、ダメなやつなんだ・・・。とか。
そもそも全く話が通じないとか。
残念なことが起きちゃう。
(話は逸れますが
だから、親が子どもに生半可に勉強を教えるのは難しいと思う。
小学生くらいなら教えられる思ってしまうのが罠で・・・
自分と子どもの考え方が違うっていう視点が持ちにくい。
自分のやり方でしか教えられない。大抵は。
それと
子どもの勉強をたくさん見ている人みたいに
「こういう風にやっていけば誰でもできる」と“知っている”訳じゃないから
っていうのもある。
これは話すと長くなるやつ・・・・)
じゃあどうすればいいか、なのですけど
確認すればいいだけです。
この8をどうやって出してるの?と。
勉強で言ったら
この問題の意味を捉える時点で
間違っていないかという確認から始まって
ひとつひとつ。
どこから手をつけていてそれはなぜかとか。
そのときにどこを見据えているかとか。
で、どこかで勘違いを見つけたら修正していく。
これをやると、勉強ができないと思っている子ほど
ちょっと嬉しそうな顔をする。
多分、「あなたはどう考えているの?」と聞かれたことが
あんまりないからじゃないかな。
それで、勉強ができないと思っている子の中に
天才がいたりする。
学校は、大人数相手に授業をするから
時計の文字盤で言えば16-8ですよ~ってやったり
いろいろ解き方ありますね~ってやったりする。
でも、誰も思いつかないような方法で考えている天才がいた場合
16-8って何??自分が思ってるのと全然違う!わかんない!ってなって
僕って勉強できないんだなぁ・・・・って勘違いしたりする。
もったいない。
その「誰にも思いつかない方法で答えを出す」ことは
才能以外の何物でもないのにな。
16-8もできる、12時区切りもできる
イメージも見える、他の方法もいくつも思いつく
そういう人もいるけど
みんな違うからおもしろいし
そのときに最善と思える方法を
みんなで選ぶこともできるんじゃないかな。
そして
考え方や答えの出し方は違うっていうのは勉強だけじゃなくて
本当に全てにおいて言えることで。
親方さんがやっているのは
その、頭の中身がそれぞれ違うことを大前提に
その違いと、どこで勘違いが起きているかを
質問によって引き出していくこと。
そして修正すること。
自分の頭の中身が自分にとってはただひとつの真実で
それが絶対的なものだと思うから人は苦しい。
12時で区切らなければ8時間という答えが出せない
それしかない、それしかできないと思うから
逃げ場がない。
答えを出すのに時間がかかる自分はダメだと思う。
でも
指折り数える人もいるよ。
毎回、紙に文字盤書かない人もいるよ。
それを選べるし、やってもいいけど
12時で区切るのがラクだということを見つけたことが
あなたの才能だよ。
いくつもの道が見えて、選べるんだという余裕が出てくると
それまで苦しかった自分の道も
選択肢のひとつとして冷静に見ることができる。
なんだかんだ言って、12時で区切るのがやっぱり私にはラクだな、
みたいなね。
それをゆきさんといっしょにがっつりやってくれますから
安心して頭の中身をぶちまけられます。
素敵。