うわぁ…むちゃくちゃ
オモロイへんてこリアルな
夢みてたのに…
起きてからしばらく
ボーっとしながら
猫とじゃれてたら
詳細忘れてもーた!
なぜか
吉岡里帆が出てきて
ほかにもいろんな
人物がでてきて
やたらと
色鮮かやな
夢やった…
吉岡里帆は好きな
女優さんで
波瑠ちゃん同様に
見てるだけで
キレイなぁ…と
目の保養になるので
とくに
顔が好きなんだが
夢の中では
俳優の
スカウトを
なぜか
吉岡里帆がやってて
「このオレに
あの吉岡里帆が
話しかけてる、
そら話きかんはず
ないやろ」て
見たことない
俳優が私に向かって
自慢げに言うてきた
てのは覚えてる。
(オマエ誰やねん)
何か新しい
作品のキャスティング
のために
吉岡里帆が
俳優探しをやってる
みたいな
感じだった。
ほかにも、
なんかバブリーな
雰囲気のなかで
色鮮やかで
リッチなドレスアップ
した人物たちが
たんと
でてきてる
シーンがあったような
気がする。
しかし
細かいことは
忘れた…
ドラマでは最近
みてないが
URであーる♪の
CMで吉岡里帆を
見たからであろうか?
あと
昨日、仕事から帰ってきて
すんごい疲れてたから
すぐ布団にダイブして
爆睡したとき
見た夢は
職場でこっそり
放屁してしもて💨😆
だまってたのに
しばらくして
同僚に
「黙っててもわかるで
だって
すっごい臭いもん…」
と軽蔑の眼で睨まれる
という夢
😨
なんちゅー夢やねん!🤣
こっちも
あまりに
リアルで
起きてからしばらく
して
あ、さっきの
夢やったんか…
それにしても
怖かったわー、
〇〇さんのあの顔💦
夢でよかった…と
胸を撫で下ろしたのは
言うまでもない…
でも、ほんと
夢はへんてこで
面白い。
正夢もたまにみるし
亡くなった親しい
人たちも
節目節目に
夢に出てきてくれる
ことが多いので
なんか繋がってるん
でしょーな、って
思う。
夢を見ることで
なんかいろいろと
意識、無意識の
整理、
脳みその浄化、
みたいなことを
してるんかと。
だって寝てるときって
ある意味仮死状態で
こっちとあっちの
世界の壁が
うすくなってる
時間やから
起きてる時より
ラクに
すごいスピードで
行き来してるんやろし。
目の前に
リアルに見えてる
世界も
物質もすべては
ホログラム
幻想の世界らしいから。
頭で理解するのは
ムズいけどね。
猫を触ってる
リアルな感触も
すべては夢。
個々で違うように
見えても
全部はひとつ。
リアルに
見えてるけど
すべては映画のスクリーン
の中で展開していて
それを傍観者として
見ている自分。
そして
その自分、という
区分けさえも
幻想。
自分は全体。
全体は自分。
目の前の他人も
実は自分。
いろんなことを
体験したくて
生まれてきてる。
ま、頭で考えると
意味わからん、
みたく混乱してくるが
周囲の雑音を
気にせず
進みたい方へ
進み
得たいものを
シンプルに願えば
実現するんだろう、
とは思う。
なかなかそれが
できなくて
苦労しがちなんだろう
けれども。
でも、
すべてが一瞬で
簡単に
かなってしまうと
退屈すぎて
もう、生きる意味が
なくなってしまうから
いろんな演出が
必要なんだろう。
一気にたどり着けない
ように様々なトリックや
トラップが
仕掛けられていて
それらを解決したり
乗り越えたりする
ことで
生きてる実感や
自分が持つ可能性、
感謝することで
心に血が通う感覚に
目覚めたり
恩寵はある、
と知ること…
だのにーなーぜー♪
ネドじゅんさんの本
読んで
左脳さんの
暴走を止めようと
エレベーター呼吸とか
してたのに
またしばらくすると
それを忘れて、
自動思考グセで
グルグルして
イライラしてる毎日。
自分には期待しても
いいけど
周囲の人に期待すると
ガッカリするし
ストレスフルに
なってカラダに悪いので
シンプルに
自分がやれることを
淡々と粛々と
しかないな、と
周りにいる気が回らない
人に対して
不満がついつい
募りがちに。
その都度
軌道修正して
それでも
なんでやねん…
なんでやってくれへんねん…
いつまでたっても…と
イラッとするし
ため息も出るし
先回りして
やれることは
いくらでもあるのに
とブツブツ…
こっちが
それを指摘して
いうても
変わらない…
となると、もう…
無理ですやん…
とか
ま、縁の下の力持ち的な
仕事はあまり気づかれず
評価もされづらい。
円滑さのために
やってるだけであって
褒めてもらいたくて
やってるわけでは
決してないが
気づき損というか
先回りしてやることの
徒労感…報われなさ
みたいなものは
ついて回り…
グチも言うけど
もう、しゃーない、
と諦めて
なんかこういうのも
腹立たたんように
凌駕したい。
というわけで
期待していつかは
やってくれるかも?
みたいな
不毛なことを
やめて
とにかく
損な役回りやな、
と苦笑いしつつも
しかし
言うべきことは
言う。
と決めている。
ま、とりあえず
頭が怒りやイライラ
不満でパンパンに
なったら
お腹にバーンと
放り込む。
ネドじゅんさん
方式で。
この感覚は
よくわかる。
しょーもないことを
ちまちまちまちま
考えすぎてると
頭が膨張していく。
でも
あれやこれや
感情的に納得
行かないことは
次から次へと
悪魔的に
わいてきて
終わりなき
なんでやねん…の
リピートに
翻弄され
疲れ果てる😮💨
そう。考えても
しゃーない
しょーもなルーティン
に陥るのである。
そんなこと考えてんと
さっさと
自分にできることやって
仕事終わったら
さっと帰って
スーパー寄って
食べたいもん作って
好きな動画みて
本読んで
ボーっとして
猫と戯れて
寝たかったら寝る…
でええんよね。
とりあえず
気づけば
頭パンパンに
なりがちやから
そういうときは
お腹にバーン
イライラしたら
エレベーター呼吸…
であーる。
なるべく
直観的に判断しようと
日々生きてるつもりだが。
時に
どうしても
判断しかねる
場合も出てくるのも
人生の常。
てなわけで
缶入りの
タロットカードを
私は
常に携行している。
そして
随分
前にふと
書店で目につき
買ってはいたけど
その時は
「棺桶」とか
「蛇」とかいう
怖い絵柄に
慄いてしまい
メンタルが
あまりよくない
状態だったこともあり
遠ざかってしまった。
でも、
タロットと
とともに
ルノルマンカードも
あったほうが
よいな…と
YouTubeの動画なんかを
みていて
また興味が湧いて
きたので
缶入りのルノルマンカードを
ポチッた。
どちら も
うまく使って
判断の良し悪しの
後押しに
役立てたい。
何かと便利なツナ缶。
きゅうりとマヨで
和えてパン乗せとか
お酒のおつまみに、
とかは
好きなのに
おにぎりの具に
すると
途端に魅力が失せる。
何でかなぁ。
だから
ツナマヨおにぎりは
仕方なく選ぶ。
鮭か昆布が明太子は
選ぶとき
テンションアゲアゲに
なるんだが
それらが
ないときは
ツナマヨか…と
仕方なく選ぶ感じ。
これって
チーズは嫌いだけど
ピザなら
好き、とか
トマトは嫌いだけど
ケチャップは
平気とか
そういうのと
一緒け?
というか
具のあれこれの前に
おにぎりすら
今はお米が高すぎて
買い控えしてるので
家で
自由に作れないのが
悲しすぎる。
コンビニのおにぎりも
高すぎて
買う気になれずだし
仕事帰りに
スーパー寄ると
最近おにぎりは
もう売り切れてたり
なので
お寿司半額…に
なってると
ラッキーだけど
スーパーも
結構値下げシール
貼る時間
遅くしてる気が
するから
半額にならないし、
もう
今日はやめとこ、と
諦めること多し。
しかもお弁当類も
ごはんを少なく
盛るために
上げ底にしてあったり
して
明らかに
ごはんが薄い。
悲しすぎる。
食パンとか
焼きそばとかで
しのいでるが
キャベツも高いし
お好み焼きも
気軽に作れねえ。
だが
レタス100円、とか
になってきたし
キャベツも
ようやく
下がってくる
らしい…
ほんまか?
日頃から
贅沢してるわけ
でもないんだから
お米ぐらい
まともな値段で
食べさせてくれ。
政府は何やってるんだか。
無策が過ぎる。
話が通じない
辞めない知事とか
晩節を汚す
元アイドルとか
女性アナウンサーを
喜び組と呼んでた
企業として
あり得んくらい
腐敗しきってた
テレビ局とか
政治はもうずっと
酷いが
いっときは
栄華を極めた
芸能界とやらも
ぐちゃぐちゃが
一気に
露呈してきて
もう酷いよなぁ。
ま、芸能界も
そもそも
歪な
世界なんだろうけどね。
昔はもっと
酷かったんだろうし。
明るみにでなかった
だけで。
ま、
虚像だからなぁ。
だからこそ
眩しくみえて
夢をみるんだろうけどね
人は。
米びつ空っぽなので
うどん、そば、パスタ
焼きそば、
インスタントラーメン
食パン…で
ルーティンしてるから、
そろそろ
お米がちゃんと
食べたいんだよなぁ。
麺類も大好きだが
中心にはやはり
お米がないとはじまらん。
2025年って
足して一ケタにすると
よく考えたら「9」の
年なんだな。
いろんなことが
終わる年。
総まとめ。
これまで続いてきたこと
の終焉。
そして人道的な
ことに、スポットが
当たる年。
だから
間違った人間が
このポジションに
ついてるのは
おかしいやろ、と
いうのも
一掃されるかもね。
旅もしなけりゃ
めったに
遠くにも行かない
極狭な範囲で
生活してるが、
それでも
生きてりゃ
いろんなことが
あるし
起きる。
でも
その日その日を
生きて
動いて
この肉体がある間に
やりたいことを
なるたけ
やるしかないんよねぇ。
昔みたいに
高いけど
欲しい
ジュエリーとか
そういう物欲も
ほんとに
なくなってきた。
若い頃から好きな
シルバーの
ジュエリーが
あれば
じゅうぶん。
読みたい本が
読めて
ひとりでふらっと
時々は出かけて
喫茶店とか
チェーン店の
カフェで
ボーッとしたり
たまには
美容室行って
髪切って
パーマかけて
シャンとして
猫撫でて
人間観察をする。
リーズナブルで
自分がおいしいと
感じるものを食べて
寝たいときは
グースカ寝て
クルマは今は
持ってないから
バイクで出かけて
スピードを楽しみ
自然の風に吹かれる。
怪談とか
オカルトとか
ありがたいことに
山盛りある
コンテンツが
今は観られる環境に
あるから
そんなんをダラダラ
鑑賞して
たまには
神社に行ったり
映画館行ったり
川べりに
座って
水面のキラキラを
眺める。
大きな夢も
目標もない。
ただ淡々と
生きる毎日が
あるだけ。
その中で
生まれる
気づきや閃きに
感動したり
納得したり
次に生かそうと
する。
直観的に生きる
ことが全てのベース。
そして困ったら
祈る。
文句も言うけど
些末なことにも
感謝もする。
力を抜いて
川下り…の
リズムで。