ケアマネジャーさんが殺害された事件


心よりお悔やみ申し上げます。とか


感情的になる前に礼儀として、人として大切なことは言わないといけないけれど。


他人事と思えず。

無念さを想うと、かえって饒舌になる。


介護職、ケアマネ、認知症のこと

この仕事にどう誇りを持てというのかと

全てを諦めたくなるけど


自分に誇りを持てないから

そんな現実ばかりが目につくのかもしれない。


下書きを始めたのが2026/5/4

事件が起きたのが2026/06/01。



このところ、認知症介護実践者研修のことについて書き込んできました。

その学びは、今の現実だけみたら、きれいごと。

強くて効率的な物事だけが正しい

そうでないわたしが何を伝えても響かないって

一番わたしが思っていました。


認知症の中核症状である、脳の機能の低下から

「覚え方がわからなくなっていく」こと

(忘れることを責められても困るというのはそれが理由)

そのあたりへの不安からBPSDという行動・心理症状に発展していく

そもそも老いるということは、みんな未経験。

不安で寛容になりにくい。

老化現象の一つともいえる認知機能の低下に対して寛容になるという考えがなかった。多分。


 


 認知症の人と一緒に暮らしてて、仕事も同じことしています。


(高齢者と結婚当初から同居、認知症高齢者グループホームの介護職、でもっていよいよ現場兼任でケアマネ仕事始めました。)


「色々、腹立つ。」


仕事で、誰かからその言葉を聞いたなら

「全然問題ないと思います。」って伝えるのに

だって腹立つもんは腹立つ。


いざ身内のことだと

「腹を立ててはいかん」

と思うのは、それだけまじめに関わってる証拠、かもしれない。そうだと信じたい。

腹を立てるのと、

腹が立ったらどうするのかは別問題。

(こういうこと書き込むと誰かから叱られるんではないかと気になる)


認知症の中核症状である、脳の機能の低下から

「覚え方がわからなくなっていく」こと

(忘れることを責められても困るというのはそれが理由)

そのあたりへの不安からBPSDという行動・心理症状に発展していく

そもそも老いるということは、みんな未経験。

不安で寛容になりにくい。

老化現象の一つともいえる認知機能の低下に対して寛容になるという考えがなかった。

認知症介護実践者研修

その学びは今はきれいごとの一面。

でも、本来ならきれいごとではなくなるように、悲観しすぎないように変えていく学び



本人なら

BPSDで介護職やケアマネへ不安から暴力を振るった。

家族、今回証言することから逃げて亡くなったけど

疲弊していた。おそらく。



暴力を受けた方は我慢するべき

なぜ暴力を受けるのか分析して反省するべき


すごく極端で、何を伝えたいのか

多分誰にも響かない

伝えないままだとずっと響かないままだから

伝えてみた。



同居の高齢者は、いわゆるオニババと言って差し支えない、世間体を気にするあまりヨメの悪口を言って平気だった人、何もわかってないヨメに正しいことを教えてあげてると信じて疑わない人でした。
(↑生きてますよ。)
なのにいざ自分が認知症になると、モニタリングにきたケアマネさんに「この人(わたし)がいるから寂しくなくいられる、一人の人も多いのに」と、口だけの感謝とやらを口にする。そもそも、その発言は一人で暮らしている高齢者の方に対して失礼だと感じてしまう。自分の思い通りだから機嫌がいいだけだと感謝の言葉を素直に受け取れない。
「狡いんだから」とケアマネさんがいるところで本人に向かって笑って毒を吐く。

介護職も。
介護職が足りないから外国の人を雇う。
外国の人にだって親御さんがいる。
日本人がやりたくない仕事を外国の人に押し付けてない?
そう思う。

言葉にしにくいから
写真で誤魔化してたけど

言いたいことは
たくさんある。


ケアマネを無邪気に目指していた10年前と同じ場所で撮影したバラです。


盛りは過ぎていて、散ったり枯れたりしている花もありましたが、香りの強い花でした。