やってみました。
太字にしたり、字を大きくしてみたり
なんとなく。
自分ではわからないけど、考え方のクセとか、多分出てると思われます。




時間は流れてゆくのだから、
過去の自分が、今の自分を作っていて、
今の自分の行動が、未来の自分を作る。

何もせずに、夜寝て
何もせずに、目が覚めたら変わってるなんてミラクルは起こらない。



昨日と違うミラクルの大半は、
突然大病を宣告される とか
突然事故に巻き込まれる

とか
過去を悔やむようなことが多い。

そんなことは、先人がよく言ってたのに
そんなことは、何度も経験して悔やんだのに
なぜ変わろうとしなかったんだろう?
と、また嘆くことをゴールにして、
同じ道のりの未来を作る。



一念発起して、変えるために意識領域のバンジージャンプをしても、
そとあと継続するわけでなく、元の生活に戻ったら。



バンジージャンプによって得た違う未来は一瞬で終わり、
元の生活に戻ったという過去が作り上げた道のりから続く未来がやってくる。



世界は単純に出来ているし、
時間は単純に流れている。




単純という言葉を楽勝的な単語に脳内で変換して、
何もしない選択をして、
屁こいて寝て、
「理解デキタ」という気分だけは継続して、
何もしない選択を毎日毎秒繰り返して、
屁こいて寝て、




復習を怠ったら、
復習を怠った過去をエビデンスとした未来が来るだけの話。
復習を繰り返したら、
復習を繰り返した過去をエビデンスとした未来が来るだけの話。




「何もしない」という選択をしたヒトには、「何も変わらない」という未来が来るという単純な話。



「屁こいて寝る」のが悪いという模範解答を得たヒトは、
「屁をこく」の我慢して、達成感を得て、
「屁をこくのを我慢した」をエビデンスとした、「何も変わらない未来」へ進むという単純な話。




復習と反復練習を愚直に行って、屁こいて寝た者には、
鍛練をエビデンスとした「変化した未来」を手に入れるという単純な仕組み。




復習ってのは意志をもって行わねば達成しない。
反復練習ってのも当然、意志をもって行わねば達成しないことなので、
意志をもって取り組まねば、ふつーーーーに元に戻ってしまう。
そしたら、
「元に戻って過ごした時間」をエビデンスとした未来が来る。




「いまこの瞬間」は、過去の言動をエビデンスとした未来という単純な話だから、
「いまこの瞬間」を切り取るだけで、過去の鍛練内容が丸バレするし、
先の道のりも、ふつーーーーに先読みデキル。




という、単純な説法、大切に復習したヒトと、
単純なことを、雑に把握して、何もしなかったヒトの、
「いま」に開きが出るのは当たり前の自然の理でしかない。




屁をこきながら1人で反復したヒトには、反復した道のりに沿ったプレゼントが届いている。
過去の自分からのプレゼントだ。




「いま」自分のために起こす行動は、
「未来の」自分へのプレゼントだ。




プレゼントは、いつも、時間差で届く。
プレゼントがカスだったら、「過去の自分の言動がカスだった」だけのこと。



世界は実に単純に流れている。





大事だから何度も書いた愛情なのか、
うっかりわざと眠くなるように何度も書いた意地悪なのか。
「ひとりひとりの脳内で、模範解答として確定される」という、至極単純な都市伝説。