職場の利用者さん一人一人
認知症であろうと
一人の尊厳ある存在だということは
理解できていると思ってました。
認知症高齢者グループホームに入職して
それぞれ認知症介護のプロである仲間と仕事をしていく中で
「排泄介助での不適切なケアの事例」
自分の考えを事例の書き出しという面でアウトプットするにあたり
感情が先に立ち、思考停止しがち
能力のなさを指摘されたと勘違いして、ムキになった言動が
事例の報告というアウトプットにどう影響していくのかを考えることが苦手。
なことに気づいてしまいました。
排泄介助はとてもデリケートな仕事。
正直、きれいごとではいかない面があり
誤解を恐れず言うなら、
身体機能・認知機能の衰えから
ご自分の言動に責任を持つこと、そして聴力、言葉の理解力そのものが難しくなってきている方たちにどこまで傾聴・共感するのか?思考停止に陥ることもあります。
(トイレに行ったこと自体を忘れる、声のかけ方で伝わりにくくなる、ご自分での歩行が不安定で転倒してケガをするかもしれない)
子どもにかけるような声かけをしていないか?
事実とはいえ説得するような声かけをするのか
自分がされたら嫌だと思う、簡単なことさえ忘れがち
安全と尊厳を秤にかけざるを得ない状況、と、思考停止していないか?
だから仲間がいるのだけれど、
様々な視座からの助言
その仲間の言動が信頼できなければ
思考停止のまま。
さて、どう書き出したものか?
どう適切なケアってものを実行していくのか?
頭を痛めております。
期限があるので間に合わせなくてはいけないし。