子どもたちが幼い頃
今は亡き
現代のデジイチよりでっかいンじゃね?ってくらいのコンパクトフィルムカメラとムービーとで撮りまくってた。
もう見返すことはほぼないけど
20年以上前のこと。
それでもプリントは捨てられずたくさん残してあるし、
頭の中にはいつでも蘇ってくる。
嫁いだばっかで前者後者なんか知らなかった頃
リンク貼り忘れてました(>_<)
圧の高い前者に屈服するしかなくて
今よりもっと自分責めまくりだったけど。
根拠のない「大丈夫」
は
いつもあった。
わたしのルーツは
アルコール依存で、孫の存在どころか結婚さえ知らずに亡くなった実父は多分水平前者
認知症を患った挙句亡くなった、多分俯瞰前者実母(ど後者のかわいげと水平さんの繊細さは皆無だった。ってだけなので俯瞰前者さんからはお叱り受けるかもだな。)
残っている
幼い自分のプリントを見返すと
撮ってくれていた事実と
プリントを残す手段を与えてくれたことに愛を実感できる。
そもそもプリント残っていない、残していない人だってきっとたくさんいるもんね
わたしにはこんなふうに素敵に残してあげることはできないけど
カメラを構える者の端くれとして
なにかを常に残していければいいなと思います。
それが多分
わたしであることだから。
今年も花火の季節が始まりますね。
職場でスタッフブログの画像を提供することが増えたので
ちゃんと勉強して
残念ではない写真投稿します。