ブリテン島の青銅器時代は、紀元前2600年頃に始まったと考えられている。ビーカー人が大陸から流入してきて、ブリテンに金属器を伝えた。銅器・青銅器の使用によって、人々の生活に大きな変化をもたらした。紀元前2600-1900年ごろ、ブリテン島にビーカー人が渡来してきた。ビーカー人は銅器とビーカー式土器を使う戦士で、先住の人々と混血し、貴族層としてブリテンを支配した。銅器は武器・農耕機具に使われ、生産性の向上とともに、ビーカー人の領域拡大を助けた。ビーカー人はまた、金装飾に高い技術を持っていた。火葬が行われ、ビーカー(ビーカー式土器)とともに埋葬された。ウェセックス文化ウェセックス文化は紀元前1800年-1500年ごろ、ウェセックス地方に限定的にみられた文化である。これはいずこからかの移民があったものと推測されている。金の装飾技術が向上して副葬品として残されているほか、広い地域で貿易を行っていた。ミケーネの銀器・金器も見つかっている。またこのころ、銅に錫を混ぜて青銅をつくる技術、鋳型によって大量生産する技術があみだされた。コーンウォールやデボンの錫鉱は豊富な埋蔵量があったため、活発に採掘が行われ、大陸に輸出された。また、ストーンヘンジ製作の第三期も、このころ行われたと考えられている。巨石建造物の出現は、規模の大きい政治的集団の登場を意味する。このころからブリテン・アイルランドで、部族ごとにまとまった勢力となった。彼らは鉱物資源などを求めて争い、戦争もおこった。焼け落ちた防塞も時おり発見されている。いまだ判明していないことも多いが、おおよそ以下のような生活をしていたと考えられている。 20ヘクタールほどの土地を壕と柵で囲い集落を作った。そのなかで大麦・小麦を栽培し、牛や豚を飼育していた。戦士たちが貴族として支配層となり、農民たちは牛に犂をひかせていた。夜になるとビーカーとよばれるベル型の器にビールやハチミツ酒を注ぎ、晩餐を楽しんだ。戦士たちは時おり戦争に行き、勇敢さを競いあった。特に錫などの鉱山はしばしば争奪戦がおこった。というのも、こうした鉱物はギリシアと取引するために必要だったからである。ビーカー人たちは金銀がちりばめられた美しい装飾品に魅せられ、ギリシアまで商取引に赴いた。死者には石碑をつくり、装飾品などを添えて埋葬した。