ブリテンが島となってしばらくすると、人々の生活様式ががらりと変わった。それまでの狩猟・採集を主とする生活から、農耕・牧畜による生活になっていった。さらに土器がつくられ、食糧の貯蔵が可能となった。磨製石斧や石臼、さらには祭祀用の建築物もつくられた。こうした変化は、一般に「新石器革命」とよばれ、ブリテンでは紀元前5000年-4000年ごろに始まったと考えられている。ブリテンの人々は、牛・豚を飼育し、小麦・大麦を栽培していた。こうして収穫された小麦・大麦は、石臼でひいてパンにするか、煮てオートミールのようにして食べた。初期の農耕は、焼畑を行って灰のなかに種子をまき、地力が減退すると土地を移すという略奪農法で、ふだんは移住生活をして収穫のときに戻ってくるという移住生活だった。やがて家畜が農耕にも活用されるようになり、犂をひいて土地を深く耕すようになった。さらに農耕に手間をかけるようになると、しだいに定住生活に移行していった。住居は円形や方形など一様でなく、穴を掘って柱を立て、その間に板や枝・わらをふき、土を塗ってつくられた。このころブリテン島に住んでいた人々がどの種族に属するか、はっきりとはわかっていない。ミトコンドリアDNAの解析に よれば、サマセット州チェダー峡谷で見つかった化石のミトコンドリアは、現代ヨーロッパ人の11%と一致している。 新石器時代の中期(紀元前3300-紀元前2900頃)になると、祭祀用の碑がつくられた。ドルメン(支石墓)・メンヒル(立石)・クロムレック(環状列石)・アリニュマン(線上列石)などがブリテンのみならず、西ヨーロッパ各地にみられる。クロムレックのひとつであるストーンヘンジも、このころから製作が始まったと考えられている。