運命の神様は、ちょっといたずらが好きです。


あなたが夢をかなえるきっかけを、


人生のどこかに、仕掛けています。




あなたに、サプライズをしてもらいたという、


ちゃめっけがあるために、


ちょっと気が付きにくいところに、


夢実現の起爆剤をしかけていることが、


多いような気がします。




今あなたが、落ち込んでいる瞬間にも、


運命の神様は、伏線を仕掛けているかもしれないのです。




今、目に耳にしている全てのこと。


全ての経験。



これら、全てが、複雑にからまって、


伏線になっていくのです。





だから、今直面しているつらいことや、悲しいこと、



それが後から考えてみると、



あなたの人生にとって、大切な伏線になっていることに、



気がつく時が来るでしょう。



人生って、フィクションより、はるかにエキサイティングな


展開をするのです。
夢を少しずつかなえて行くうちに、


知らず知らずのうちに、進化していくことがあります。



小さい頃の夢というのは、



現実性が伴っていないので、



自分の経験の範囲で認識可能な、夢しか持てません。




でも、年を重ねて、経験の範囲が増えていくと、


夢もどんどん進化して、成長していきます。



あなたが経験した、どんなことも、


夢の進化に貢献します。



足踏みしている自分に、もどかしく思っている瞬間でさえ、


夢への経験は、蓄積されているのです。



うまくいっていない時は、どうぞたくさん泣いてください。



涙の数だけ、あなたの夢への経験値は、蓄積されて、


あなたの夢をもっともっと進化させるのです。





あなたの夢が、ゴールだとすると、


あなたは、高い山の上に、


ゴールがあるように思っていませんか?





夢が大きければ大きいほど、


上る山の高さが大きく感じられて、


あそこまで登っていくのは、とても無理だと、


溜息ついたり、していませんか?




高い山を地上から見上げると、


あまりの高さに、


絶望感にさいなまされつことがあるかもしれません。




そんな時は、ちょっと視点を変えてみませんか?


パイロットは、いつも高い空を飛んでいるので、


高い山であっても、いつも見下ろしています。




だから、パイロットにとって、山というのは、


見上げる存在ではなく、見下ろす物体です。




高い空の上から、山を見下ろすと、


高いとは感じられません。


山のそばを飛ぶから、その高さを感じるのです。





夢=山が高くて、めげそうになった時、


視点をパイロット目線に、変えてみませんか?





私の夢=山、以外と低かったんだ。


と、びっくりするかもしれませんよ。
















推理小説などの小説の書き方で重要な点の一つに、


作品中の「伏線」があります。



推理小説だったら、それまでに登場した人物が犯人であることを



推測できるヒントを盛り込んでおくことですね。




だから、伏線がない推理小説って、まずありえないとは思います。



あったら、相当つまらない(笑)。





伏線は、人物だけでなく、アイテムや場所など、



いろいろいなモノが、伏線になりえます。




重要なのは、そのアイテムが出てきた時には、



読者に気づかれないようにしなければ、



推理小説として、おもしろくなくなるという点です。




そして、ページをめくるうちに、その伏線が、



実は、犯行を解決するのに、重要な役割をするわけです。



そして、犯人が分かる時には、その伏線が、



衝撃となって、読者にインパクトを与えるのです。





だから、現在、自分の夢を模索中で、



何をしていいかわからないような時にでも、



夢をきちんと持ち続けていれば、



自分でも気付かないうちに、



今起こっているささやかな出来事が、



伏線になっていくかもしれません。





そして、この伏線が、後に



自分の夢の実現に、大きな意味を持つ日が来るかもしれません。





生きるということは、とってもエキサイティングな、



ノンフィクションと似ています。




伏線が伏線である時期がなければ、



人生というストーリーは、ずいぶんつまらないものに



なるに違いありません。




今、この瞬間にも、将来、あなたに、とても大きな大きな



インパクトをもたらす、小さな小さな伏線が、



張られているのかもしれないのです。
















かなえたい夢があるのに、


自分には才能がないと嘆いていませんか?




夢が大きければ大きいほど、


立ちはだかる壁が高くなるので、


確かに現在の実力では、


とうてい無理と思っても仕方がない夢も、もちろんあるでしょう。




でも、壁にぶつかって進まないからといって、


自分には「才能ない」と嘆くのは、ちょっと早いと思いませんか?



まわりの人の目に見える才能の開花は、


人によって速度が違うはず。





ただ純粋に、努力が足りないか、


環境が少しばかり整っていないか、


出会うべき人と出会えていないか、



その時点で、才能が見出せない理由は様々です。





そもそも、人の才能のあるなしを判断する基準は、


何なのでしょうか?


プロスポーツ選手のスカウトマンが、いくら目利きであろうと、


100%、将来活躍できる選手を、現在の実力だけで、


スカウトするのは、不可能に近いです。



才能を他人に見出すことこそ、



深い洞察力と類まれな才能が必要なのです。




そして、その才能を持っている人は、



神様以外には、神に選ばれし、ごく僅かの人なのです。



だから、あなたが自分の才能の有無を取り沙汰することそのものが、


そもそも、神をも恐れぬ仕業となっているわけです。





神様は一見、不公平なように見えて、



結構公平だと思います。




神様は、どんな環境にある人にも、必ず、



「好きになれること」



を課題として与えているからです。




その課題を、自分で気づいていますか?



もし、あなたが自分が好きなこと、



夢中になれることは何かをわかっていたら、



あなたには、神様から与えられた才能に



気づいていることになるでしょう。




「好きなことをを、心の赴くままに、やり続ける」



それができるのであれば、あなたには、



間違いなく、才能があります。



まずは小さな才能のつぼみを大事に育てていけば、



いつしか大輪の花に咲き誇る時がくるでしょう。















夢の難易度にかかわらず、


夢は夢に違いない。



でも、自分の夢の難易度は、どれくらいなのだろうか?


と、悩む時もあるかもしれません。



でもね、夢の難易度は、


周囲の人が決めるものではないと思います。



その時代の背景、


あなたの置かれている環境、



様々な外的要因で、



難易度は、刻々と変わっているのです。





その道の権威の人が、今現在、いう言葉、



これもあてにはなりません。



その道の権威の時代は、



もはや、終わりつつあるのかもしれません。



時代は常に変わりつつあります。



20年前に、小学生が携帯を持ち歩く時代を、



誰が想像したでしょうか?



時代の流れは、思っているより、急で曲がりくねっているのです。



だから、自分の夢が困難だと思い悩むのは、



あまり意味がないことだと思いませんか?



時代の波が曲がりくねっているのなら、



その流れの行方に想像をめぐらしましょう。




流れの先は、あなたが思っているよりも、



追い風が吹いている世界なのかもしれませんよ。


夢はあるけれど、


自分がほんとうにその夢をかなえる資格があるのか、


自信がない。


もしかして、そう思っていませんか?




夢をかなえて行く途中は、



周りの人がみんなすごく見えてしまい、



自分の自信を失ってしまいがちです。





でも、ここでちょっと考えてみてください。



周りの人が評価してくれないからといって、



自信を失う必要があるのでしょうか?




ここで、もう一度、考えてみてください。





あなたの夢自体、未来をいちはやく先取りした、



コペルニクス的発想の夢かもしれないのです。




そうだったら、あなたの夢を評価する人は、



一人もいないことになります。



ガリレオだって、ローマ教皇に「あなたは正しかった」



と、謝罪されたのは、没後、350年後の話だったのですから。






あなたの夢は、神様があなたに託した夢。



周りの人が、どんな評価を下そうと、



あなたが夢を実現する日を心待ちにしているのです。









もし、あなたの夢が行き詰っているのであれば、



何か解決策を見つけなければいけません。



でも、煮詰まってしまえばしまうほど、



あせってしまって、良い案が浮かんできません。



そんな時、自分だけで解決しようと思っても、



絶望の無限ループにはまるだけです。



このような場合は、



「視点を変えて見る」



ことが、必要になってきます。




「視点を変える」



ことによって、見えないものが見えてくることが



非常に多いからです。




「視点の変え方」



には、いろいろあります。



私は、空を飛ぶ人なので、



「視点」は、いつも俯瞰になります。



なので、「地上から空を見上げる人」



から見れば、



まったく違う視点を持っていることになります。



「視点を変える」



には、空を飛ぶことが、手っ取り早いのですが、




それがすぐにままならない場合は、



空へ上がった自分を想像してみるとよいでしょう。




遊園地にあるような、大きな迷路。



入り口からゴールへ行くのは、とてつもなく、難しいですよね。



同じところを何度も通っても、ゴールに行き着かないかもしれません。



それが、地上の視点です。




そんな時、空からの視点だったら、どうでしょうか?



手に取るように、ゴールへの最短距離がわかりますよね。



それも、何の苦労もせずにです。



さらに、ゴールにたどり着けない人を見て、



「何で、さっさと行けないのだろう?」



とさえ、思うかもしれません。






「視点を変えた」



だけで、あなたの人生が劇的に変化することがあります。



なので、もし、今、あなたが、



何かに行き詰っているのだとしたら、



まずは、視点を変えてみませんか?



答えは、おのずから見えてくるでしょう。












人間の能力は、多分あなたが思っているより素晴らしいです。


夢を持つことは、動物の中でも人間だけに与えられた、


選ばれた者への特権です。




人は、夢を持つことによって、


夢に向かって進むエネルギーを持つことができるのです。


このエネルギーが、人類が発展するための、原動力となるのです。



あなたが夢を持ち、


それに向かって努力することが、


全人類のエネルギーを高めていくことになるわけです。



ささやかな夢だって、


荒唐無稽な夢だって、


夢は夢です。



夢を持つこと自体が、人類の発展に役立っているのだと、


誇りを持ってほしいと思います。




夢をかなえるための修業時代、


何をやっても、うまくいかないことがある。


師匠について、いくら習ってみても、



いっこうに向上が見られない。



そんな時は、あなたはどうします?



落ち込んで、全てを投げ出したくなりますか?



ふてくされて、誰かに八つ当たりしますか?





はい、そんなことをしても、解決にならないこと、



あなたが一番、良く知っていますよね。



何かを習得しようと思う時、


残念ながら、均等に少しずつできるように



なるわけではありません。



ししおどしの水は、


少しずつ、竹の中に水がたまって、


ある一定量に達したら、


カコーンと、反対側へ倒れます。



あなたの努力も、ししおどしと似ています。



だから、なかなかうまくならないと思って、



あきらめるのは、ナンセンス。



夢に近づいているように思えないのは、



あなたの心の目で、見えていないだけ。



毎日、少しでも、先へ進んでいるのなら、



ある日突然、これまでのことが嘘のように、



すべてがうまくいく時が来るはずです。