昨年の7月に安倍元総理が殺害されて以降は、旧統一教会の諸問題が連日の報道で糾弾されましたから、道徳倫理な観点から見て、異常に偏り歪んだ教団組織だとすれば、既に終わったも同然だと思います。

 

純粋な心霊の成長を促すスピリチャルな精神は尊い面もあるけど、信仰が捻じ曲がり目的と手段を履き違えて、本末転倒な社会悪を引き起こした犯罪行為は、法的に裁かれ処断も必要だと考えます。

 

現代科学の発達により、宇宙の創生たるビッグバンから生命の起源まで解き明かされる時代圏が開かれる中では、宗教自体が既にその役割を卒業すべき次元を迎えながら、人間の霊性もパラダイム転換されるような魂レベルで、覚醒されるべき段階に近づいて来るようです。

 

正しい御旨と摂理観が腑に落ちて解れば、何とも愚かで馬鹿みたいな無知蒙昧に内部の葛藤を引き摺ってる浅はかで恥ずかしい実態に、先ずは徹底して悔い改める謙虚さが大切な事柄かも知れません。

 

神様が根本的な第一原因たる魂の親なる存在だと心霊に共鳴すれば、元々創造本然の世界は、同じ地球に暮らす人類は一つの家族のようだと、本来人は自然と良心に照らせば直ぐ悟れる存在だった!と思います。

 

今は未だ、両極端に分離して修羅場な混乱の渦中を通過してますが、本然秩序の原則的な文化も、次第に芽生え次元の狭間から未来を突き動かす兆候が徐々に顕れ来る予感もするようです。

 

私は若い頃、以前のイデオロギー時代に無神論な唯物史観の組合運動も飛び込んで、人生観に影響を受けながら、神仏に頼るような宗教に嫌悪感を抱いてた時期がありました。

それから人格神を説く思想体系に触れながら、混迷の中で感じ取った不思議な現象に人間は、霊と体・無形と有形な表裏一体な世界を繋いで行く永世的な存在なのかと、霊的体験で味わった出来事は生涯忘れられませんからね。

 

たとえ一人でも理想世界を願い夢を求める者がある限り、同じ夢を追う有志が増える度に・・・その夢は具体性を増して重なり・・・やがて実現可能に成就する事を信じて進み行きたいものです。