おはようございます。
人生再生ナビ 倉田純です。
母の記憶が飛ぶ頻度が多くなり、
長時間一人にしておくのも
段々と心配になってきていました。
家から離れたくない。というのが
母の本音でしたが、育児とは逆で
介護はどんどん大変になっていくので、
働きながらの介護は、到底無理でした。
前回の投稿
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【人生を再生するまで⑭】大きな決断編
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父が亡くなってから3年が経った頃、
母は、体力的には元気だったが、
目が不自由だったのと、精神的に
不安定だった![]()
このままだと、
私が参ってしまいそうだったので
心を鬼にして、下見していた施設の話を
母に持ち出した![]()
諦め半分ではあったものの
母が承諾してくれたので、
その年の11月末に、家から30分程の
施設に入居してもらった。
実家は娘と二人になったわけだが、
かなり古く耐震工事もしていなかったのと
セキュリティにも不安があり![]()
かといって家を建て直したり
賃貸マンションにする資金など
何処にもなかったワケで![]()
祖父母の代から住んでいて、
父が昔、頑張って購入した土地だったが
今の私には価値を生かし切ることは出来なかった![]()
私が引き継いだので、ありがたいことに
兄は快く「自由にしていい。」と言ってくれた。
近隣の人たちには
その為に母を追い出したと思われても
仕方のないことだったが、
私は一人でやるしかなかったので、
現役で働いている内に!
という気持ちの方を優先した。
たまたま近くの駅前にマンションの
建設予定があり、娘とその前を通り掛かった時
とっさに「私ここ買うから!」と言っていた![]()
根拠のない確信みたいなものだった。
普通だったら買える筈のない価格帯だったが、
実家の土地を売ることを考えたのだ。
両親には申し訳ないと思ったけれど、
維持していくには家が古過ぎた![]()
それからの私は、マンションの説明を聞いたり
モデルルームを見たりと、自然と動き出していた。
問題は土地を売る方だったが、何と幸運なことに![]()
職場の同僚のいとこが不動産会社本社の常務だった![]()
女一人で土地の売買はさすがに不安だったので、
お願いして、その方から紹介して貰えたのだ![]()
お陰様で、年末ではあったが、ある企業が
そこそこの金額で購入してくれた。
マンションの額には少し足りなかったが、
そこを断って、それ以上の価格で売れる
保証はどこにも無かったので、決断した![]()
自分が本当はどうしたいのか?
その気持ちを真中心に置いて
動いていくと、本当に不思議なくらい![]()
全てがスムースに動き出した![]()
ただ、一つ切ない決断をしなければ
ならなかったのは、マンションが出来るまでの
約1年間は、仮住まいを探さなくてはならず、
ラブちゃんを預けなくてはならないことだった![]()
その上、マンションでは大型犬は許可外だったのと、
その頃、ラブちゃんも大分足腰が弱くなってきていて
階段の昇り降りが困難になっていたこともあって、
常に誰かがそばに居てくれる場で、終身で預かって
貰う決断を泣く泣くしたのだった![]()
それからは、行ける限り毎週、娘と一緒に会いに行った。
最期まで家で一緒にいてあげられないことは辛かったが
幸い沢山のワンちゃんに囲まれ広い部屋を歩き回り
足腰が元気になったことだった。
仮住まいに引っ越す前に、古い家を解体せずに済んだのは
本当にありがたかったが、何十年と住んでいた家は
物が多すぎて、片付けても片付けても減らなかった![]()
家具などもそのまま残しておいていい。と
言ってくれたので、大まかに中身を整理して
後はもうお任せするしかなかった![]()
歳を重ねる毎に、
私は身の周りの物を断捨離していこう![]()
と心に誓ったのだった![]()
続く。
『人生再生ナビ』 倉田 純


