幸子の部屋

幸子の部屋

どもまでも このままで

ありのまま 参ります   

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娘が言った。


『センター試験まであと100日きった』



すると息子がこう言った。


『俺も修学旅行まであと40日きった』



我が子たち、ファイツッ音譜






母の退院の日、


それぞれがそれぞれ精一杯の


出迎えをした。


小さい子供をかかえ、


病院もなかなか行けなかったことに


胸を痛めていた姉。


6キロ痩せた母が


「とんかつが食べたい。」


「おねえちゃんは料理用意しておくから!!」


大奮発のサーロインステーキ&とんかつモロモロ


なんだかきもちわるくなるくらい用意されてた。


姉の精一杯がモロ料理に出てた。


「幸子にまかせっきりにしてごめんね。お疲れだったね。


長女なのにごめんね。幸子がんばったね」


自由に動けなくて手をこまねいてオロオロしていた


姉の姿が目に浮かぶ。


きっと姉も苦しかったろう。



人生初めてのメールなるものを母に送った父。


夫婦二人暮らしで家事を一切しない父。


携帯の取り扱い説明書が、部屋の隅においてあったらしい。


夜、一人で取説見ながら、ひらがなだけのメールを


何時間かけて送ったのだろう。


小さいころ、けんかばっかりだった。


離婚話も幾度となく出た。


いろんな時代を経て今も会話は少ないけど


これも ひとつの 夫婦のかたち。


それぞれが思いやりを持ち寄って


やっぱ家族っていいなあ    って。


辛い事もいっぱいだったけど


幸子はこの人たちと家族でよかった。って思います。



現在母は体重ももとに戻りむしろ増えて


「お母さん過食症みたい。体重増えすぎっちゃって。」


「足の爪がね巻爪になっちゃってイタイの」


…知らねぇよ。


「最近はだぁれもあそびにこないの」


甘えるな。


でも以前よりちょぴっと明るくなって


ちょぴっとたくましくなって


今、自分にあるもので前向きに生きようと


頑張る母が幸子の誇りです。


お母さん笑ってて。


こんな歳になってもお母さんのごはんが一番おいしいの。


お母さん大好きだよ。








お久しぶり:*:・( ̄∀ ̄)・:*:


みんなのさっちゃんだよ上げ上げ


めまいがするくらいめまぐるしい日々を過ごしておりまして


忘れられてるかもしれないけど


ここ最近の幸子を書こうと思います

 


2月1日 母の手術の日でして。


無情にも幸子はいつも通り仕事に行き


午後から病院へむかいました。


4~5時間程度の手術のはずが


10時間に及ぶ大手術になり


結果的に目の痙攣が治まることもなく


長時間に及ぶ手術の影響で


母は左耳の聴力を失いました。


主治医は全力を尽くしてくれた。


手術後の説明時の疲れきった顔に。


左耳が聞こえなくなった事に頭を下げる姿に。



翌日意識が戻った母の苦しむ姿に


何もしてあげられずに


ただ、ただ、片道2時間の道のりを


通い続けることしかできなかった。


手術から3日後、ラジオを聞こうと


イヤホンをして初めて


左耳が聞こえないことに気付いた母は


驚きのあまりナースコールを鳴らしたらしい。


この日がくるのが怖かった。


“お母さん、耳が聞こえないの” って


母が泣いた。


もう、涙がとまらなかった。もう、どうしようもなかった。


「ごめんね。幸子からちゃんと言えばよかったね」


幸子がしっかりしなければって、幼い子供をもつ他の


姉弟の分まで。


なのに泣きながらそれしか言えずに。


痙攣が止まらないと言った母に


「そんなすぐには止まらないって」なんて


あてもなくそんなことを言い続けてたのに。


2度もこんな痛い思いをして。こんな怖い思いをして。


“お母さん、なんか悪いことしたのかなぁ。”


“何かしたんだろうなぁ。悪い事…。” って泣く母に


何て言ってあげればよかったんだろう。


その日の帰り道はあんまり覚えていない。


それでも毎日母の病院へ通った。


それしかできなかったから。


仕事帰りの往復4時間の道のり。面会時間20分の日々。


母から “今日は雨降ってて危ないから来なくていいよ”


“関越で事故があったらしいから来なくていいよ”


って毎日メールが入った。こんなになっても


幸子を思ってくれる母。


“ご飯は食べてるのか” “ちゃんと寝てるのか”


2週間の入院で6㎏痩せてしまった母に。


幸子にできるのは


ただ、毎日通い続けることだけでした。