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このシリーズのつづき
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前回の投稿はこちら
父親問題も終結した![]()
大分から帰ってきてからの私は
父との「いい思い出」が
浮かぶようになっていた。
父は基本、優しい人だった。
昭和時代の父親に多い
不機嫌になって
見えない圧力をかけてくるとか
威張って暴言を言うとか
イライラして怒鳴るとか…
そういうことはない人だった。
また、思春期の時は
毎朝ふてくされて起きてきていた私に
「おはよう」と言ってくれていた。
当時の私は
親のことが大嫌いだったから
そんな父をスルーしていたけれど
それでも父は毎朝
「おはよう」と言ってくれていた。
それが内心、私は嬉しかった。
(心を浄化をしたら「嬉しかったんだ…」ということなど…が、いろいろ見えてきました。そして、そうしたら父への涙もあふれてきました。
そんな自分の変化に、心の浄化の大切さをより実感するようになりました![]()
親に対しての、怒りや悲しみや残念感や嫌悪感がなくなると、「私」の心が柔らかくなっていき、楽になっていくのですね)
そうしてもう
母や父に対しての
こじれにこじれた苦しみは
私の中から出てこなくなった![]()
生まれてきたことを
残念がられた深い心の傷。
最初のカウンセラーさんから始まって
リトリーブサイコセラピーの
しほさんやカズ姐さん
全肯定カウンセリングの
たかぢんさんと認定講師さん
アニマルリーディングの先生
音叉ヒーリングの先生…
そんな方々とのご縁のおかげで
心の傷からの解放を
体験することができた。
しつこくしつこくあった
両親への怒りや悲しみ
嫌悪感や残念感…
それらがようやくなくなって
両親とのいい思い出を
思い出せるようになってきた![]()
なんて嬉しくて
ありがたいことだろう![]()
そして、ということは
無価値観と無価値観による寂しさ
も、ようやく…![]()
ようやく…![]()
ようやく…![]()
なくなった…![]()
と、思いたかったけれど…
なくなっていなかったー![]()
![]()
(えー![]()
)
20年以上かけて
心根を見つめて
親問題を丁寧に取り組んで
きたけれど
出来事Aによって浮上してきた
無価値観と寂しさは
消えることなく
ふとした時にやっぱり
わいてくるのだ![]()

ということは
真の心の痛みは
まだ別にあるのだろうか![]()
あるとしたら
いったい何なのだろう…
私の中で
無価値観が浮上し出したのは
2016年に起こった
出来事Aがきっかけった。
ただ、その出来事によって
無価値観が
作られたのではなかった。
つまり
無価値観と無価値観による寂しさは
もともと
私の心の奥深くにあったのだ。
それが出来事Aがきっかけで
表面意識に浮上してきただけだった。
でも、これらは
親との関係が原因ではなかった。
親への怒りや悲しい気持ちが
たくさんあったから…とか
親から受けた傷が
癒されていなかったから…とか
親に愛されていると
感じられなかったから…とか
親の価値観に縛られていることに
気づけないでいたから…とか
そういう理由で
この無価値観や寂しさが
作られていたのではなかった。
だから
親への怒りや悲しみを吐き出して
心の傷が癒されても…
親は未熟だったと理解して
親への執着から抜け出せても…
親に教えられてきた価値観や考え方を
手放して訂正していっても…
無価値観や寂しさから
解放されるわけでもなかった。
親との関係を向き合ったこと自体は
私にとって
とても大切なプロセスだった。
でも
この無価値観と寂しさの根源の原因は
そこではない ![]()
のだろうか…
この無価値観は
誰もが心の奥底に抱えているもの…
のような感じがしていた。
世の中の
無気力、無視、無関心、自己否定、自己嫌悪、嫉妬、ねたみ、攻撃、犯罪、暴力暴言、いじめ、被害妄想、自暴自棄、不倫、DV、パワハラ、モラハラ、セクハラ、喧嘩、自死、戦争、支配、老害、虐待、貧困、病…などなど…
この世で
辛いと思われている状態の奥底には
この無価値観や寂しさが
絡まっているような感じがしていた。
そしてだからこそ、それらは
親との関係によるものだと
これまでの私は思っていたのだけど
親問題を徹底的に取り組んでも
無価値観はなくならない体験をして
そこじゃないのかもしれない…と
思いだした。
父個人、母個人への負の思いは
なくなっても
親から連鎖されてきた
価値観や考え方や自己犠牲的な在り方
などに対しては
まだまだ怒りや悲しみや悔しさや
違和感や嫌悪感などの
反応が起こるのだ。
(私が反応するもの)
↓↓↓
子ども達の気持ちに耳を傾けることなく、大人側の価値観や考え方を子ども達に押し付けている、とか
自己犠牲的な在り方が正しい、美しいという風潮がある、とか
封建的、支配的、モラハラ、パワハラ、裏表な言動、裏切り、無視、心をコントロールされるような言動などなど…
それらを見聞きすると私は
怒りや悲しみや嫌悪や違和感などの
反応が起こる![]()
![]()
…ということは
今回の無価値観と寂しさがわいた
心の痛みの原因は
親に愛されていたかどうかや
親に対しての不満や苛立ち云々…
それらとは違う何か…
があるんじゃないか![]()
親に辛い育てられ方をしてきた傷が
どんなに癒えても
世の中には
親と同じような価値観や考え方で
そういう言動をする人達は
あちこちにたくさんいて
そのたびにそれらに
ネガティブな反応をする自分が
まだまだいる。
親への気持ちが浄化できて
親に対して理解や愛が出てきても
そんな状態になるのだ。
ということは
「親との関係」の
もっと深い部分に何かが
あるんじゃないか![]()
その何かが
「親」という媒体を介して
表れていただけなんじゃないか。
もし、そうだとしたら
この無価値観や寂しさを作り出している
真の原因は一体何なんだろう。
どうすれば
無価値観や寂しさから
解放されるのだろう。
親問題とは違う何かに
原因があるとするなら
それを知りたい![]()
2022年の12月末。
そんな思いにかられていたら
その2週間後の2023年の1月の初め。
帰省していた次男との会話中に
無価値観の
真の原因を知る流れ
が、起き始めたのだった![]()
(次回からは、スピリチュアルの内容で丁寧に書いていきたいので、投稿はゆっくりペースになります
)
つづく
