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このシリーズのつづき
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前回はこちら
1999年の33歳のとき
心の変容体験をした私は
↓
(今思えば、この体験は「奇跡のコース」でいう奇跡体験なのでした
)
心の大切さを痛感して
コツコツと独学で
心の探求をするようになった。
(精神世界の探求)
そしてそれからも
いろんな心の体験を繰り返し…
ようやくようやく
探求の着地点が見えてきた![]()
![]()
私の探求の着地点は…
神とは分離していない
この世は心の投影→幻想
すべてはわたし
わたしは神(愛)と一体
という…
ワンネスを思い出す
ことだった![]()
2023年の3月にコースに出会い
自学自習で学びだして丸3年。
その間
・「神の使者」の朗読を聴いて
・365日のレッスンをして
・テキストをゆっくり読んで…
それらをコツコツと取り組んでいたら
奇跡体験をよくするようになり
それが奇跡体験なのだと
認識できるようにもなってきた。
(コースでいう奇跡体験とは、自我の知覚が幻想だとわかり聖霊(愛)の知覚になることです)
また、ワンネスも
少しずつ理解できるようになってきて
↓
そのおかげで
心を覆っていた自我思考が
聖霊の元で
ゆっくりと解体されるようになってきて
そうしたら
平安を感じることが増えてきた![]()
そしてそうしたら
幸せとは心が平安で在ること![]()
(「神の愛の中(平安)に在る」と思い出せること)
なのだとわかるようになってきた。
そこで
神(愛)を思い出していくためにも
自我と向き合い、解体していく…
ということなのだけど
それが、容易ではない…![]()
ということもわかるようになってきた。
まず「神」とか「聖霊」とか…
それらを100心から信じることが
できなかったりする。
また、「この世は心の投影(幻想)」を
正確に理解して受け入れることも
できなかったりする。
それこそ私のように
神秘体験をして神は在ると知っても
自我が強く抵抗をして
思い出さないように
仕掛けてきたりもするのだ。
(何かの拍子に、恐れや罪悪感や自己否定感や不安などが心を覆ってきたりなど…)
自我のトリックはほんと巧妙で
コースの実践をやればやるほど
その難しさがわかるようになってくる。
自我の声に覆われてくると
「この世は幻想」とか
「わたしは神と一体で愛そのもの」
だと、一変して思えなくなるのだ![]()
また、「自我の声」をよりしっかりと
認識できるようになればなるほど
「自我に引き戻されていく自分」も
よく認識できるようになってくる。
ただ、だからこそ無理矢理
「この世は幻想だ!」とか
「私は神と一体ですべてはひとつだ!」
思い込もうともしない。
(↑これがとっても大切
)
「思い込もう」とすると
逃避になって
より問題事を大きく感じたり
この世は無だ…という…
無気力な感覚に陥りやすくなったりするのだ。
(↑体験済み
)
それこそが自我の思うツボで
自我の巧妙なトリックなのだった。
そこで…
神と一体を
打ち消すような声が浮かんだり
自己否定感や不安や疑念
恐れや罪悪感、負の感情
などなどが浮かんだり…
そんな時は
それらひとつひとつを
見逃さずにキャッチして
どんなに小さなものでもキャッチして
ひたすら聖霊に差し出していく…![]()
「そのままの心の反応」を
そのまんま受け止めて、それらを
聖霊に差し出して
心の訂正をお願いする。
(聖霊を頼り、委ねる、ということ。コースでは自分で何とかしようとはしないんですね。「私」がおこなうのは、自我をキャッチして聖霊に差し出して、心の訂正をお願いする→愛で見させて下さいとお願いするだけです
)
それでも
疑念や不安が強くわいたら
コースの本や「神の使者」を読んでみる![]()
★「神の使者」についてはこちら
↓
神様と繋がった体験を
じっくり思い出すのもいい![]()
★私は自我思考に覆われてきたら、神秘体験を思い出すようにしています![]()
↓
そして、そうしていたら
奇跡体験や神秘体験をするようになり
そうしたら
自我思考で心がモヤモヤしても
神と一体を思い出す道に
戻ることができるようになってくる。
内側の愛を感じられて
「やっぱりこちらが実相なのかもしれない…」と
思うことも増えてきて
そうしたら、誰とどこにいても
どんな状態であっても
平安に入ることができるのだと…
(神の愛を思い出せる)
少しずつ実感できるようになってきた![]()
コースは
取り組む準備ができた時に出会うという。
それを聞いたとき
過去の私は
神を全否定していたから
体験を先にする必要が
あったんだろうなぁ…
と思った。
だから究極の闇に落ちる
という
体験をしたんだろうな、と思った。
↓
あの体験をしなかったら
私はいつまでも
神を全否定していたよなぁと思うから。
体験が先だったことで
全否定していた心が訂正されて
コースを
抵抗なく受け入れることができたから![]()
…ということは
どんなに神を否定していても
神や聖霊なんてバカらしい!と豪語していても
最後はワンネスに入る道へと
(神と一体を思い出す道)
(もしかして誰もが)
進むようになっているのかもしれない![]()
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ワンネスは
さまざまな聖人さん達が
何千年も語り継いでくれていること…![]()
それをコースは
現代の言葉で説いてくれていて
世の中にはいろんなそれらがあるけれど
私にはコースが一番フィットした![]()
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そして、そうしたら
コースのメッセージは本当にイエス・キリストのメッセージなのか…![]()
という疑念はわかなくなった。
コースの説くものが
愛に満ち溢れて素晴らしいと
心から思えている…のが答え
だった![]()
イエスの声を書き下ろしたという
ヘレン・シャックマンさんは
神秘体験や奇跡体験をしながらも
自我と聖霊の声の狭間で
最期まで揺れておられたようだった。
それを知って
ヘレンさん個人が書いたものではない
(ヘレンさんは代筆していただけ)
ということがより納得できた。
どんなに優秀な心理学者さんでも
どんなに心理や真理の知識が豊富な方々でも
これらは書けない。
「完全に神と一体」でないと
これらを説くことはできない…![]()
コースの本を読めば読むほど
それらを実感したのだった![]()
(ワークブックとテキスト以外にも「教師用マニュアル」や「祈りのうた」も素晴らしいのです![]()
)
そうして内的探究を始めて27年。
聖霊の元で
神と一体を思い出していくこと![]()
(ワンネス)
これが私の
内的探求の着地点となった。
そうして今の私はひたすら
赦しの実践をするだけ…
(赦しの実践→聖霊の元で神と一体を思い出していく→自我解体の実践のこと)
と、なっているのだった![]()
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おわり
★あとがき
「わたしを知る旅」シリーズは、これで終わります。
嘘っぽくて怪しそうな内容、わかりにくい表現、いろいろあったと思いますが、すべて正直に体験したこと、感じたこと、思ったこと、知ったことを投稿しています。
心は平安の中(神の愛の中)に在る、と思い出すこと![]()
これは心がつぶれて神秘体験をした時に思ったことと同じだったのですが、あの頃は、何が起こっているのかがわからないまま、無我夢中で心の実践(自我解体)を取り組んでいました。
それが、コースに出会えたことで、その実践はワンネスに向かう道だったことを知り、また、実践のやり方もコースのおかげで具体的にどうすればいいのかを整理できて、これまでより深く、丁寧に、その実践を取り組めるようになりました。
そうして、最後はコースさえも手放せる日がくるんだろうな…と…
そんな気持ちで、今はコツコツと聖霊の元で赦しの実践をしています![]()
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ここまで読んで下さった方々、長文にお付き合いありがとうございました〜![]()
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