昨日母校で勉強会があって、
子供達を連れて本郷キャンパスまで久し振りに行ってきた。

赤門前のコンビニでパンとか買って、
安田講堂の前の芝生でお昼ごはん。
屋外だとお店より気を遣わなくて楽です(^-^;)。

学生時代から級友とつるんでランチ食べてた場所に今は子供達といることが不思議な気もしつつ。

安田講堂を見上げた時に、
「ああ、ここが私の母校なんだな」
「どれだけダメ人生でも、私の母校が東大ってことは一生変わらないんだな」
って思ったら、何かすごく嬉しくなった。
こんな気持ちずっと忘れてた…。

東大に入りたい人も入りたかったのに入れなかった人も世の中にたくさんいる中で、
私は「東大に入る」っていう夢を叶えた人なんだな。
その喜びをちゃんと前向きに受け止めて生きていかなきゃ。
と、とても反省した。
親に強いられたことであれ何であれ、
自分の努力で成し遂げたことを粗末に扱ったら自分が可哀想だ。


「東大だから何でもできるでしょ?」とか
「東大のくせに何もできないの?」とか言って来る人達は
確かに大勢いる(というか少なくとも私の人生の中にはたくさんいた)けれど、
そういう人達に言い訳するために私は生きている訳じゃないんだ。

同じ東大卒の人でもエリート街道を歩き華やかな成功を収めている人達を見ては
私みたいなバカが東大に入ったなんて何かの間違いだ、とか僻むのはもうやめよう。

世間の人から見たら、
そういう華々しい人と共通する何か凄いものが私の中にあるというふうに見えるんだろうし、
そう見えるならそれもきっと一つの真実なんだろう。


話が変わるようだけど、
子供達に対して私は自信がなくて
変なことでキレたりもしてしまうけど、
幼稚園のママ友達にはよく
「おおらかだよねー!」と言われる。
「そんなことないよ」とかつい言ってしまうんだけど、
他人から見ておおらかに見える程度にはおおらかなんだな、と素直に思うことにしよう。

子供達の泣き声にうんざりすることもあるけれど、
子供達が欲しいと思って実際授かって無事に産むことができた喜びを忘れちゃいけない。
子供が欲しいのになかなかできなくて悩む人だってたくさんいるんだし。


自分の良いところ、自分に起きてくれた幸運、夢が叶った喜びを
ちゃんと自分の心に入れて、
ちゃんと受け止めて、噛み締めて生きた方が絶対幸せだよね。

手に入れたものに文句付けてすぐに投げ捨てるような生き方じゃ
結局何も残らない。

私は正直、苦しかったことや辛かったことを自分の糧にするのは
すごく一生懸命やってきたと思う。
だけど、幸せや喜びも同じように自分の糧にしてきただろうか?
答えは…情けないくらい、全然だ。

幸せをきちんと受け止めるのは意外と難しい。
時の巡り合わせや人に助けられて成し遂げられたものを
全部自分の力だと思い込んで調子に乗って
痛い目に遭う人もいる。
逆に全部が巡り合わせとか他人のおかげだと思い込むのもそれはそれで失礼よね。

私は今はもう少し、思い上がるくらいでいいのかも。
自分を、自分の中にある美しいものを信じよう。
それで思い上がり過ぎて調子こいたらきっと相応しい試練が用意されるだろうし、
試練を乗り越えるのなら怖くないわ。
私の得意ジャンルだもの。


誰かのために良い人のふりをするのをやめて、
自分のために幸せに生きよう。
私にはそれができるはず。
人生は、これからよ!