前回の記事で、その人の本当の光を私は見ていたいと思ってきたということを書いたけど、
このブログで何度も書いている蘭寿とむさんのことも、
私はずっとそういう目で見てきたのだと思う。
私が『ファンキー・サンシャイン』で彼女を好きになったのは、
歌もダンスも芝居も完璧に巧くて、
そして、彼女の持っている本当の光を隠しているように感じたからだった。
彼女は責任感の強さや真面目さゆえだろうか、
二番手としての立場を良くも悪くも「わきまえている」感がとても強かったのだ。
自分が光り輝くよりも、二番手としての責任を全うすることを優先しているように私には思えた。
そこが素敵でもあり、好きでもあり、けれどももどかしくもあり、という思いで彼女を見てきたように思う。
私は間違いなく彼女のことを好きでありながら、
彼女の美しい顔に差す翳りが好きになれないと感じる時もあった。
彼女がトップになった時、
正確には『ファントム』のポスターを初めて見た時、
私は二番手時代の彼女の姿のことを思い出し、
「あんな美しいさなぎがあったんだ」、と思った。
さなぎが蝶になって飛び立つように、
この人はもう、自分の本当の光を放てる人になったんだ、と思った。
私は彼女の中の本当の美しさをずっと信じてきたけれど、
彼女のそれは私の予想を遥かに超えて圧倒的だった。
私はトップになった彼女を見る度に目が眩むような思いがする。
彼女の光が私の心を貫いて陰さえも照らしてしまう。
私は人の中にこんなに眩しい光があることを彼女に教えてもらった。
だから彼女は私にとってとてつもなく大切な人。
一度も会って話したこともないけれど、
私は彼女を心で知っていると、そう信じている。
大切なものは必ずしも目では見えないし、
人は心で人と出逢い、人を感じ、人を愛せると思うから。
今夜は月が綺麗だから、
これを読んでくれるあなたともきっと、
心で繋がっている。
もう、ひとりじゃないんだよ。
このブログで何度も書いている蘭寿とむさんのことも、
私はずっとそういう目で見てきたのだと思う。
私が『ファンキー・サンシャイン』で彼女を好きになったのは、
歌もダンスも芝居も完璧に巧くて、
そして、彼女の持っている本当の光を隠しているように感じたからだった。
彼女は責任感の強さや真面目さゆえだろうか、
二番手としての立場を良くも悪くも「わきまえている」感がとても強かったのだ。
自分が光り輝くよりも、二番手としての責任を全うすることを優先しているように私には思えた。
そこが素敵でもあり、好きでもあり、けれどももどかしくもあり、という思いで彼女を見てきたように思う。
私は間違いなく彼女のことを好きでありながら、
彼女の美しい顔に差す翳りが好きになれないと感じる時もあった。
彼女がトップになった時、
正確には『ファントム』のポスターを初めて見た時、
私は二番手時代の彼女の姿のことを思い出し、
「あんな美しいさなぎがあったんだ」、と思った。
さなぎが蝶になって飛び立つように、
この人はもう、自分の本当の光を放てる人になったんだ、と思った。
私は彼女の中の本当の美しさをずっと信じてきたけれど、
彼女のそれは私の予想を遥かに超えて圧倒的だった。
私はトップになった彼女を見る度に目が眩むような思いがする。
彼女の光が私の心を貫いて陰さえも照らしてしまう。
私は人の中にこんなに眩しい光があることを彼女に教えてもらった。
だから彼女は私にとってとてつもなく大切な人。
一度も会って話したこともないけれど、
私は彼女を心で知っていると、そう信じている。
大切なものは必ずしも目では見えないし、
人は心で人と出逢い、人を感じ、人を愛せると思うから。
今夜は月が綺麗だから、
これを読んでくれるあなたともきっと、
心で繋がっている。
もう、ひとりじゃないんだよ。