日本人としてかれこれ30年ほど生きてきて、
一つ気付いたことがある。
たくさんの芸術作品や芸術家に出会ったり触れてきて特に思うのだけど、
その人の業績や作品について、
世間的な評価を含め、
十分に尊敬に値すると思い、その点は認めてる。
だけど、個人的な好みの問題として全く好きではない。
ということをシンプルかつ穏当に表現するのはどうも難しい。
日本語でそういう時の適当な表現ってあるのかな?
あったらぜひ教えてほしい。
例えば「尊敬」という単語はそこに「好意」が
自動的に組み込まれてしまってるような気がするんだ。
逆に、「軽蔑」と「憎悪」もセットでしょ?
だけど、全く尊敬してないし評価もしてないけど別に嫌いという訳でもない、
という感情ってのも存在する。
ところが「あなたのことを尊敬してない」と言われたら
普通の日本人はたぶん嫌われたと思うんじゃないかな?
だから普通、わざわざそういうことは相手には言わない。
で、極力相手のことが好きだと見せかける演技をして自分を守る。
でも守りきれなかったら?
あなたが嫌いだ!
とキレるより他に方法はないんだろうか?
日本語の会話というのは、
主張と主張の交渉ではなくて、
腹の探り合い、
感情と感情の読み合いなんじゃないだろうか?
交渉が成立してどう動くかが決まる英語とかと違って、
日本語は「読み」が通じることに
最大のカタルシスがある言語なんじゃなかろうかという気がする。
でもって、多くの日本語のドラマ・映画がイマイチ面白くなくて、
多くのハリウッド映画やドラマがそれなりに面白いと
私が感じてしまうのは、
日本人は感情でドラマを作ろうとして、
アメリカ人は行動でストーリーを作ろうとしているところに
起因しているんじゃないだろうか?
考えたら英語で演技はaction、つまり「行動」だけど、
「演技」の「演じる」という動詞には
自動的に「心のあり方」みたいなものが含まれている気がするし。
それと、話が飛ぶようだけど
今の日本の住み辛さというのの一つの原因として、
これだけ考え方の違う言語圏から
法律から文化からたくさんのものを輸入して
たくさんの矛盾が発生して、
しかもその矛盾を誰も解決しないまんまで
徒にグローバル化グローバル化って
悪あがきしてきたせいなのかも?
…長く書けそうだけど、今日はここまで。