私は昔から大の雑誌マニアです。
今は多少少なくなったものの
本屋の雑誌コーナーで2~3時間くらいぶっ通しで
ひたすら色んな種類の雑誌を立ち読みする習慣があるのですが、
最近は女性誌・映画誌・時には男性誌などなど、
とにもかくにも『SEX AND THE CITY』特集のオンパレード。
女の赤裸々な本音を取り上げたということで
アメリカで超人気だったシリーズドラマがついに映画化ということで、
私もちょっと気になってドラマの方をDVD借りて見てみました。
うん、確かにまあ・・・面白い。と言っていいと思う。たぶん。
面白い・・・んだけども。
何か釈然としない。
まず、何が面白いかというと、
とにかくファッション。
1にも2にもファッション。
『プラダを着た悪魔』でも名を馳せたスタイリスト、
パトリシア・フィールドの力は本当に大きいと思う。
テイストの違う主人公4人のキャラクターを的確に際立たせていて見事。
しかし。
敢えて言おう、この4人、「テイスト」は違うけど「タイプ」は一緒。
身も蓋も無く言ってしまえば
自分大好きで高慢ちきで股の緩い女達。
頭の中身も別に大したことはなくて、
「女の本音」なんて言うけれど
女性雑誌のキャッチコピーみたいな薄っぺらい内容を考えては
あーだこーだ喋り合っているだけ。
「男と女の友情は成立するのか?」
「出会いはどこにあるの?」
「いい男を口説き落とすテクニックとは?」
「何回目のデートでどこまで許す?」云々。
書いてるうちにわかったんだけど、
『SEX AND THE CITY』って要するに
JJCanCamViViあたりのファッション誌によく出てくる
職種別とかシチュエーション別の着こなし特集みたいなやつ・・・
「今日は仕事帰りに気になるカレと初デート!
あんまり気合い入れ過ぎても職場で引かれちゃうし、
でもやっぱりデートではばっちり女らしく決めていきたい!
そんな時にはかっちりしたデキる女風ジャケットの下に
とびきりフェミニンなラインのカットソーを・・・(以下略)」
みたいな(苦笑)。
あれの動画版ってことだ。
女性誌の文句を見ていて常々思うんだけど、
あんな風に「恋愛」を見ていたりしていたりする人達って、
一体何が欲しくて「恋愛」するんだろう?
とりあえず欲しい服なら自分で買える訳でしょ?
それ着てデートに行く訳だから。
それでも足りないから「カレにおねだり」?
ってことは服を買うために男に体を売るってこと?
その為に男を選り好み?
高級娼婦かよ。
欲しいものがお洋服じゃなくてお金でもなくて
「幸せ」だったとしても、やってることは同じだ。
彼女達は男に体を任せれば「幸せ」が得られると思ってる。
これって言い換えれば、
幸せってお金じゃ買えないけど体でなら買えるのよね、うふ☆
ってことだ。
かくも恐ろしき市場主義社会。
そういえば前に会った友達は、
仕事も趣味も満足したからあとは彼氏欲しい・・・、とのたまった。
たくさんのものを手に入れたいと思うのは悪くないと思う。
欲があるのは元気な証拠だし。
だけど、少なくとも私が今までの恋愛と今の結婚を通じて知ったのは、
雑誌に書いてあるようなおしゃれなだけの恋愛なんてどこにもないし、
そんなの面白くも何ともないってことだ。
生きていて何もかも手に入ることなんてあるはずがないし、
何かを手に入れるってことは、同じだけ何かを捨てるってことだ。
誰かと一緒に生きていくことは、
その人を手に入れるってことじゃなくて、
その人と生きていくために自分の何を捨てられるか、
ってことなんだと夫と結婚して初めてわかった。
誰かと本気で付き合って手に入れられる大切なものがあるとすれば、
自分の生き方をシンプルにできる大きなチャンス、だけなんだろう。
一人でいてもそれはできるし、結婚してるから偉いなんてことは絶対にない。
ただ、私にとってはその大きなチャンスは、
他の色んなものを捨てるに値する素晴らしいものだったと思っている。
とはいえまだまだ捨てられないものばかりだし、
偉そうなことを言えるような人間じゃないけれど。
だから誰かの為に大きく何かを捨てる気がない人が
そういう生き方をするのも別に全然悪くないと思う。
ちょっとずつ小出しに捨てて(その場のプライドとかね)
色々つまみ食いして楽しめばいいと思う。
『SEX AND THE CITY』で言えばサマンサみたいに。
そこまで割り切らなくても、
そこそこ捨てて、そこそこ手に入れて、
一人一人違う生き方を選ぶ権利があるはずだ。
「結婚」なんて所詮国が国民を管理するための便宜でしかないのかもしれないし。
私はその「便宜」に乗ってみて正解だったと思ってるけど、
私が正しいんじゃなくて、私は運が良かったんだろうと思っている。
当たり前だけど、人は物じゃないし、相方は自分の所有物じゃない。
「相手がただで自分にくれる幸せ」を打算で計って「相手ごと」体で買うくらいなら
「家事をやってくれること」を期待して「家政婦をお金で雇う」方が上品だ。
だけど今の社会での(特に女性ファッション誌とかでの)「恋愛」は、
人間のタダに弱い心理を巧みに利用して、
男をタダで手に入れるためだと錯覚させて
洋服を買わせて大金をファッションブランドに支払わせる、という、
抱き合わせ商法っていうかむしろ詐欺の片棒を担がせるための存在。
しかも「たった一人の運命の相手がいる」とか
そんなおとぎ話を信じれば信じるほど
タダで男を手に入れたいという願望は強くなる割に
当然ながらなかなか満足する相手を見つけられる人はいないわけで、
「たった一人の運命の相手」が見付からない人間には
欠点をあげつらってコンプレックスを煽ってまた服やら何やらが売れるって訳。
私が「恋愛」って言葉が嫌いな話はまた今度にするとして。
話がようやく戻りますが、
『SEX AND THE CITY』のドラマ版に感じたのは、
本当は「たった一人の運命の相手がいる」というおとぎ話に騙されていながら、
私は騙されていないと思い込んだり、
本当は騙されたままでいたいのに違うふりをしたりと、
自分の姿をありのままに冷徹に見詰める視線無しに
「恋愛」とか「性」を語っちゃっているヌルさ。
それで本当に「本音」って言えるんだろうか、という意味で
どうも微妙・・・と感じてしまうんだと思います。
逆に言えば、深いこと考えずに浅いオシャレな恋愛ゲームを見て
お洋服を参考にするだけならこれほど実用的な「雑誌」は無いと思いますけど。
ああそうそう、言い忘れたけど、
「恋愛」で一番肝心な時って裸だからね。
だからってダイエットに走るとかそういう話じゃなくて。
裸の時って一番、何を手に入れたかより何を捨てられたかが問われる
シチュエーションだと思うんだけどな。