槇原敬之・松本零士の「盗作騒動」へ数々の意見交差
 歌手の槇原敬之(39)が、漫画家松本零士氏(70)の著作物「銀河鉄道999」のせりふを盗用したかどうかを争う訴訟が7日に東京地裁で行われたが..........≪続きを読む≫


この問題の発端をたどると、

とにかく松本さんの方がいきなり
「盗作だ!」って雑誌で非難したというやり方がまずかったんじゃないかと思う。
本当に盗作だとしてもそうじゃないとしても、
事実を確かめる前にいきなりメディアを使って非難するのは
大人気ないやり方だと思う。
松本さんは日本漫画家協会著作権部会長をやってる人だし、
見せしめ的な意図があったのではないかと邪推してしまうし、
著作権を守るためならどんな手段を使っても相手を攻撃していいと
思ってるかもしれないような人が著作権を守る団体の責任者であるということも
実は問題なんじゃないか?


言い古されていることだけど、芸術にとって模倣は欠かせないことだし、
芸術家の求める真実とかって多かれ少なかれ似通ってくるものかもしれないとも思う。
同じ言葉が他の人の口から出てきた時に、
「そうそう、そうなんだよね!」と共鳴しあう心よりも
自分の作品を盗まれたと思ってしまう心が勝ってしまったという点において、

私は松本さんの芸術家としての品性を疑ってしまう。


自分が正しければ相手に対してどんなやり方をしても構わない、という考え方は

美しくない上に、危険だ。

言ってしまえば戦争と同じ考え方だ。


私も『銀河鉄道999』は読んだこともないし興味もないけれど、

松本さんはそういう人間が存在することに思いが至らないのかな。

そこにもまず相当な傲慢さを感じてしまうんだが。


夢とか(たぶん)平和?とかそういうことをメッセージとして作品に込めてきた人として、

言ってることとやってることが自家撞着を起こしてしまっているのに

本人は気付いているんだろうか?

大きな理想とかを語っていても現実の問題にこんな子供っぽい対処しかできないなら、

夢とか理想なんてただの紙切れ以下でしかない。


この問題について語っているブログやら掲示板やらを見ると、

槇原さんが過去に起こした事件にまつわる誹謗中傷が非常に多い。

確かに彼のやったことは簡単に許されることではないし、

性的嗜好(この言い方あんまり好きじゃないけど)についても

好みは分かれるだろうと思う。


ただ、罪を償って、つまづきを自分の糧に変えて、

『世界に一つだけの花』をはじめとする

人生についての素晴らしい音楽を世に送り出している槇原さんの生き方と、

自分の過去の作品にしがみ付いて誇りを守るのに必死な松本さんの生き方と。


もうとっくに勝負は付いていると私は思う。


私も一通り著作権の勉強はしたけれど、

著作権法というやつは、

著作者の尊厳とかを守るための法律というよりも、

著作者とその関係者のお金を守るための法律だということは明らかだ。

アメリカはディズニーの著作権の期限が切れそうになる度に

「著作者の死後何年まで」という規定を

30年から50年、挙句今は70年まで伸ばしたくらいだし。


松本さんが守りたかったのはおそらく「尊厳」なんだろうけど、

芸術家として俺の方が全然上なんだ、ということを示したいなら、

著作権なんて厄介なものを持ち出す必要性は全く無いし、

むしろどっちかというといきなり的外れな議論に持って行ってしまった感じだ。

「著作権」というものに対してその程度の素人くさい見解しか持っていない人が

感情論で「著作権保護」を訴えることは、

芸術の振興という観点からして非常に有害であると思う。


芸術家は、同じようなことを言うような人が出てきた時に

ガチで闘って勝つ、くらいの気概を持ってなきゃいけないというか、

そうやって切磋琢磨してこそ文化や芸術が育つものだと思う。

年配者は若い者とでも同じ土俵で戦って勝つところを見せてやる、と

ドンと構えていてほしいし(目標でいてほしい、みたいなね)、

若い者は年配者に本気で戦いを挑んで、よりよいものを創り出していってほしい。

そういう厳しい闘いの中にこそ傑作は生まれ得るものだし、

何より、芸術家としての真の誇りが生まれるのだと思う。


だけど、松本さんは、

同じ土俵で闘う前にメディアに訴えるという全然べつの手段に出た。

学校で例えれば、

ちょっと大事な物を失くして、同じものを他の子が持ってたら、

「こいつが盗んだ!」っていきなり先生に言い付けるずるいガキみたい。

イマドキの子が喧嘩のやり方を知らないなんていうけれど、

じじい(失礼)も全然、喧嘩のやり方がなってないじゃん!

こんな年寄りが偉そうにしてるから日本はおかしな国になったんだよ!

と言ったら言い過ぎか?

いやでも絶対そう。


話が逸れて申し訳ないけど、

「いまどきの若者」とか「最近の子供たち」に問題を見出して煽るのは

メディアの常習的手口だけど、

本当の問題は絶対に大人の側にあるんだと思う。

子供や若者は正直に大人の問題を映し出してるだけだ。

若い者と真正面から勝負しないで

「年功序列」とか「儒教的長幼の序」なんかをカサに着て

偉そうにする年寄りばっかだから

若い者にとってただただ生き辛いだけの世の中になっちゃったんだと思う。


年功序列とか儒教的な長幼の序とかって聞こえはいいけど、

要は年齢で人を差別するってことだからね。

男女差別は大分改善されてきたんだろうけど、

年齢差別は今の日本にとって最大の問題だと思う。

これは文化とかいう能天気なレベルじゃなくて、

絶対に変えなきゃいけない価値観だと私は思ってる。


「歳を取るだけで偉い」なんて絶対間違ってる。

どんな動物の世界でも、力のある者が勝つ。それはシンプルな原理。

だけど人間の場合「力」には「知恵」も含まれるから、

知恵のある人は肉体が衰えていたとしても重んじる価値があるよ、ってことで

年寄りを敬えって話になったんだと思う。もともとは。

それがただ能書きになって年寄りが無条件に偉いみたいになってきたのは、

やっぱりおかしいし、直さなきゃいけないと思う。

年寄りを敬えって言うなら、同じくらい若者を敬え、と私は言いたい。

人間の出来とか芸術性の高さに年齢が関係ないなんて、

本当は誰でも知っていることでしょう?


で、話がだいぶ逸れたので強引に戻すけど(著作権の話ね)、

若者と本気で闘わない年寄りなんか敬う価値無いし、

正直私には、松本さんは「年寄りだから無条件に敬え」って思ってるじじいにしか見えない。

従って、芸術家として、人間として、私は全く尊敬できない。

と、今回の件で思った。


そういうふうに思っている人間が存在することと、

作品を「盗まれる」ことと、

さて、どちらが本当に大きな問題ですかね?