自分と相手の区別が付かないで相手の領域に踏み込むのは、
愛という名を借りた暴力だ。

自分と相手が違う人間だときちんと理解して初めて「思いやり」は成立する。

だから、小さな子供に「思いやり」なんて教え込むのは無意味どころか害以外の何物でもない。
なぜなら子供は親との境目をきっちり認識していないのと同じように、周りとの境目も理解していない生き物だからだ。

それは子供の残酷さによっても証明される。

子供は他者との境目の存在をわかっていないので、大人から見れば残酷なほど過激ないじめをしたり、時には他の生き物の命を徒に奪ったりもする。

動かなくなったカエルや握り潰してしまった虫を見て、子供は自分の命と他の生物の命には違いがあることに気付いていく。
好きな女の子のスカートをめくって泣かせてしまうことで、
自分が男の子で相手が女の子なんだと実感していく。

それが、大人になっていくということだ。

大人が子供に対してまず教えるべきなのは「思いやり」などという甘っちょろい標語ではなく、
自分と他人が違う存在であるということだ。

「思いやり」も「愛」もそこから始まる。


逆に、自分の「思いやり」や「愛」が通用しなくなったら、何度でもそこに立ち返ればいい。

人間はシンプルな生き物だ。