こないだネットをうろうろしていたら、こんなことが書いてありました。


一般的な傾向として、人は自分に似た顔の人に親近感を持ったり美形だと思うんだそうです。



びっくりした!


私、真逆なんですけど。


自分に似てると言われる人を美人だと自分で心から思ったことは正直無い気がする。

すごい頑張って好きになったりはするけど、美人だとはあんまり思えたためしが無いなぁ・・・。

ていうか今までのブログでもうばれてると思うけど、自分に似てる人にはとりあえず嫌悪感を抱くタチですね。


あと、最近ネット上でやった占いとか何たら診断みたいなやつで、

鬱危険度チェックとか対人関係トラブル度チェックみたいなのをやったら、

鬱診断の方は「否定的自己認知」が危険領域で、

対人診断の方は他人に興味が無い訳でも話題が無い訳でもないけど

人間不信度だけがドーン!とすごい指数になってました。


危険なくらいの自己否定に極度の人間不信って・・・・・


まぁ、確かに、そうなんですけど。


あんまりにも問題がクリア過ぎて眩暈がしそうだよ・・・(苦笑)。


自分に似た人を美人と思えないのもそのせいか?!

と、ちょっと問題視&改善強化月間してみようかなぁと思ったりして。


でもだって、おいらの絶対的な美の基準ってヴィヴィアン・リーだよ。

似ても似つかないじゃん!!!


何かこないだ雑誌で歌手の米良美一さんのインタビュー記事を読んだ時にすごい共感したのが

「自分は美に対して凄く敏感だから、自分が美しくない事が身に沁みてわかってる」とか

そんな内容だったかな。

漫画家の安野モヨ子さんも前に『美人画報』か何かで、

「自分は絵を描くために人をすごい観察してるから、自分が骨格的に美人じゃないってことはわかってる」

とか書いてたな。


美しさを追究すると、それは刃になって自分に返ってくる。

それで苦しむなら美しさなんて求めなきゃいいのに、どうして追い求めてしまうんだろう?

追究に追究を重ねれば、もっと高い次元で自分を肯定できる美を発見できるんじゃないか?

そうやって期待をしながら希望と絶望の繰り返し。



でもとりあえず私の危険度大な否定的自己認知について、

自分が美人じゃないからっていうのは要因として一つあるだろうなぁ。

ていうかどうせ美人じゃないのに変に自信持つのもアホな話だから自信無いまんまでいいや~、と

開き直っているせいもあるでしょうが。


あと、極度の人間不信ね。

これどうしたらいいんでしょうね。

人を信じすぎるタチだったのが、痛い思いしまくって人を信じなくなったら世渡りはうまくできるようになったけどね。

人に対して怖いって気持ちがまずあるから用心深く人に接していけるのはたぶんいいことだと思うんだけどね。


疲れたよ、もう・・・・。